ラベル 邦楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 邦楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年2月4日月曜日

細川俊夫氏の「観想の種子」

「観想の種子」を久しぶりに聴いて、
昔気が付かなかった観点から捉えることができたような気がしたのでメモ。



  (Amazon) (HMV)

声明と雅楽という組み合わせだけの概要だと
邦楽になじみがないとカクテルみたいに思われるでしょうが、
そもそも声明の理論的基礎は雅楽のそれなので(少なくとも音階構造に関して)、
相性としては悪くはないのです。

当時気が付かなかった部分と言うのは、「雅楽」というあまりにも包括的なジャンル区分の中で、
国風歌舞、つまり日本固有の音楽に限定している、ということです。

ここで使われている声明は天台声明であるということも重要です。
確かに一番メジャーである、ということはありますが、
天台声明が中世の邦楽、特に細川氏の創作とのかかわりから言えば、
能楽へ与えた影響の強さ、ということを考えた場合、模索期であった80年代に
こうした取り組みを行ったことは興味深いことではあります。

西洋音楽の作曲家が取り組む場合、渡来楽が中心で、
国風歌舞はまず避けられています。
彼らも慎重ですので、理論体系が洋楽に劣らず整備されているところで仕事をするのは
誠実さの現われともいえると思いますし、当然かなと思うのです。
そして、逆に考えると、理論は存在するものの、西洋音楽的なものとあまりに異質で、
アプローチとしては極めて困難な中世以降の邦楽全般が、
あまり素材にならない理由でもあります。

これは、語弊を恐れずに言えば、
「ノヴェンバー・ステップス」と「秋庭歌一具」の完成度の違いに関わっています。
前者では、図形楽譜という形で問題を先送りすることで近世邦楽にアプローチしていますが、
結局何も解決しているわけではないですし、厳しいことを言うと逃避ですから、
やはり中世以降の邦楽を西洋音楽的創作として考える困難は明らかでしょう。

そこで改めて「観想の種子」を考えると、
成功しているかどうか、というのはともかくも、
中世以降の邦楽への構造的アプローチとしての意図は極めて明快です。
音楽を現代からの逆行で考えることが横行しているので忘れられがちですが、
構造的に把握しようとするなら順行で追うのが正攻法です。

上述したように、中世、というくくりにおいて、論理的に考察するなら、
入り口として悪くない、というよりもこれしかないでしょう。
私自身、啓示を受けた感覚があります。

細川氏はマンダラの読み解き方から形式的な構造のヒントを得た、と述べていますが、
音楽的アプローチに関しては慎重な言い回しです。
そもそもマンダラの概念は、雅楽の音楽思想と共通する部分が大きいので、
国風歌舞の一具のような構成になるのは正攻法でもあります。

「中世のヨーロッパの作曲家が、グレゴリオ聖歌を基礎として、
ミサ曲やモテットを書いた態度に似ている。」

ここでの趣旨から外れるので、古楽的には突っ込みませんが、
言いたいことはわかるのでここに引用します。

総合的に考えると、ここに現出しているのは「今様」です。
梁塵秘抄には、今様の音楽理論および楽譜もあり、
岩波の文庫でもきちんと翻刻されているので、邦楽関係者以外には貴重だと思いますが、
実のところ、今様の理論考察はさっぱり進んでいません。
なぜなのか、というと、実はこれがポイントかも知れないのですが、
当時の同好の仲間が理解できれば十分だったからだと思います。
有体に言えば、現代人にはわかりません。
雅楽、というジャンル区分は本当に包括的過ぎるのですよ。

敦煌の楽譜を元に芝祐靖氏が復元を試みたりしていますが、あれは中国の音楽、
雅楽的区分で言えば、理論整備の万全な渡来楽だからです。
それでも、当時そのまま、とはいかないですが、
西洋音楽で中世の音楽を演奏する程度には可能です。
今様は、国風歌舞で最新ジャンルですし、そもそも流行であって
残す必要はなかった、ということがあります。
梁塵秘抄は、当時意味があればそれで十分だったのでしょう。

では、「観想の種子」が今様というのはどういうことだ?となるかもしれませんが、
要するに当世風最新の国風歌舞、という本来の意味です。
雅楽からフィードバックして得られたもので創作を行うというのでもなく、
新たなアプローチで伝統から乖離する、というのでもない。
そう、国風歌舞を現代において創作したのですよ、文字通り。
ですから、まさに「今様」なのです。
これは上記引用の文脈とも一致しますので、
それほど大きくかけ離れた見方ではないと思います。

「リアの物語」に到る過程において、細川氏は確かに何かの課題意識があり、
それは今考えると、なるほど、となる部分があります。
当時には、こうした見方は出来なかったです。

2014年6月10日火曜日

現代の邦楽器作品の惨状の背景

twitterからの引用、ライトノベル作家の榊一郎氏によるもの。以下引用。

-----

要は、エンターテイメント作品における「リアリティ」とは、
お客さんが白けない為の雰囲気作りが最優先であって、
逆に言えば大多数のお客さんが「なにこれ?」と戸惑うばかりで、
ごく一部の知識と、高い考証力を持った専門家しか「なるほど!」と膝をうたないような表現は、
リアルではあっても、リアリティ表現としては失敗してる、と考える事が出来る訳ですよ。
勿論、その「一般の圧倒的多数のお客さん」の知識と考証力をどの辺りに設定するのか、
これはもうターゲットたる客層と、時代や国によっても違ってくるので、
そこをどう判断するかが問題になる訳ですが(後略)。

-----

以上引用終了。
これはきわめて示唆に富むといいますか、ちょっと考えたことがあるので。

私が「エセ和風ムード音楽」と嫌悪している、
邦楽器奏者作曲による邦楽器用作品に関して、なんとなく事情がわかった気がしたのです。

現代において「邦楽器奏者作曲による邦楽器用作品」
(現代邦楽と言うと真摯な作品まで含まれてしまうので面倒ですがこう表現します)
を演奏したり聴いたりする「お客さん」というのは、圧倒的に古典の知識が不足しているか、
もっといえばまったく無い場合も少なくないわけで、そういう「お客さん」相手に
「専門家しか『なるほど!』と膝をうたないような表現」はありえないわけですね。
あくまでエンターテイメントであって音楽として考えるからおかしなことになるわけです。
古典を基準に音楽として真面目に相手にしようとすることそのものが間違いなんですね。
なにか状況がやっとわかったような気がしますよ。

西洋音楽作曲家による西洋楽器を使いつつも日本の伝統音楽を
真摯に受け止め、消化し、新たに創造した作品のほうが
「邦楽器奏者作曲による邦楽器用作品」よりもはるかに古典邦楽を感じることが出来るのも、
要するに「ターゲットたる客層」の違いによるところが大きいわけですね。
こういう音楽を聴くような人たちは、真剣に音楽と対峙する人々ですから、
創作側も真剣になると、まあ単純なことだったわけです。

単純にエンターテイメントとして消費してどんどん消えていく消耗品と、
音楽作品を同列にして考えることは非常におろかだった、と。

ただ願うことは、少数ながら古典と真面目に向き合っている邦楽関係者の方々、
そういう方たちには演奏はもちろんですが、消耗品ではない、
きちんとした音楽作品の創作にも向き合っていただきたいな、と。
新作の創作が無い音楽は衰退する、というのは
世界のどの地域のどんなジャンルの音楽でも共通しています。
博物館に保存しているだけではダメなんですよ。

楽人である芝祐靖氏はこう述べています。
「自分に作曲の才能が無いことはわかっているが、
雅楽存続のために創作をしている」。

2014年2月23日日曜日

古典芸能ベスト・セレクション 名手・名曲・名演奏シリーズ

西洋音楽ではすっかり廉価盤でいい演奏が入手できるいい時代になりましたが、
邦楽の場合はまだまだ高価で、手を出しにくい状態でした。

そこへ、2枚組2,500円という廉価で素晴らしいシリーズが出ましたので紹介します。
「古典芸能ベスト・セレクション 名手・名曲・名演奏シリーズ」 です。
こちらで紹介されていますが、具体的に補足説明などしてみたいと思います。

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフによるブログページ

私も最初は、「2枚で2,500円か、よくある安物買いの銭失いパターンかな?」
と冷やかし半分で内容を見てみたのですが 、驚きましたよ。
これはかなり邦楽に詳しい方はともかくも、これから聴いてみたいという方には
まさにうってつけの優れた企画です。西洋音楽に傾きがちな当ブログですが、
もともとは邦楽も聴いていただきたいという思いで時々記事を書いてきましたので、
これを紹介しないわけにはいかないのです!

たとえば、雅楽の詳細をご覧ください。
まず、神楽歌から始まっています。
神楽歌というのは、皇室の宮中行事と密接な関係があり、
関係者でなければまず聴くことのできない音楽です。
幸いにして、このような企画CDも出ていますけれども、いきなり買うには敷居が高いわけです。

日本古代歌謡の世界

   

 (Amazon) (HMV)

この商品では、古典芸能ベスト・セレクションの「雅楽」でいえば1枚目の
4曲目までの「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」という、日本古来の音楽を
4枚組で収めています。

さらに、渡来楽としての管弦に移り、「回盃楽」「胡飲酒破(双調音取と組み合わせて一具)」
鳥急(迦陵頻を双調に移したもので「渡物」といいます)」と演奏されています。
2枚目は調を変えて、おそらく雅楽でもっとも有名な「平調越天楽」。
しかし、ここで演奏されているのは「残楽(のこりがく)」という特殊な演奏様式です。
雅楽は音で聴くこともよいのですが、演奏する姿も貴族らしく、
雅に演奏するところが美しいので是非生で聴いていただきたいのですが、
その雅な演奏方法のため普段はあまり目立たない楽筝の名技を楽しむのが「残楽」です。
ただし、これは楽筝を目立たせるために篳篥は音をかなり引いて演奏するため、
演奏する側も、聴く側も、曲の旋律を全体暗譜して、頭の中で補完する必要があります。
つまり初心者がいきなり聴くような演奏形態ではないのですが、そこは録音ですから、
何度も聴いて、そのうち楽しめるようになるということですね。

さらに舞楽も収められ、きちんと右方と左方が収められています。
舞楽というのは文字通り、舞を伴うものですが、音だけでも管弦とは異なり、
絃楽器は演奏されません。
管弦と舞楽で同じ曲を演奏しても、全く違うというわけです。
左方というのは唐の音楽、右方というのは高麗の音楽で、調子も違いますし、
楽器も右方の場合笛は高麗笛を使うほか、打楽器の編成も違いますし、リズムも異なります。
本来の舞楽は、左方と右方が対になっているので、このようにある程度曲を収録して
くれていると、雰囲気もつかめてくるでしょう。

さて、こうやってこの2枚組で気に入ったジャンルへと進んでいけば、理解も早まるわけです。
国風歌舞が気に入ったならば上記の4枚組、管弦が好きだというならば、管弦の、
舞楽が面白そうだとなれば、これはCDもありますが、実際に観にいくことが一番です。
舞があってこその舞楽ですからね。

このように、かなりバランスを考えて収録されています。しかも演奏はしっかりしています。
実は「雅楽紫絃会」というのは、当時は名前を出せなかった宮内庁式部職楽部のことなので、
演奏がしっかりしているのも当然と言えば当然なわけです。

こんな調子で紹介していくととても終わりませんので、「地歌」だけ、また例を出しましょう。
最初に収められているのは「細り」ですが、これは「三味線組歌」といいまして、
すべての三味線音楽の源流です。柳川検校(?-1680)はその中でも「派手組」という、
新しい作風の組歌を作曲した人です。
2,3,4曲目の作曲者、峰崎勾当は大阪の地歌の最後の世代の大作曲家ですが、
その作品の中で「端歌」と呼ばれる形式の地歌を集めています。
この「端歌」というのは地歌の一形式で、別ジャンルである
「端唄」とは異なりますので注意してください。

5曲目の「菊の露」はとても格が高く、大切にされている名曲です。
私が学生時代に「菊の露をやりたいです」と絃の先生に申しましたら、
「学生に演奏させたら師匠の品格が疑われる」と即座に却下されたというくらいです。
まあ、当時の私も今考えると非常識で冷や汗ものですが。

6曲目は「打合せ」といって、違う曲の同時演奏です。そのように作曲されているのです。
名目は「すり鉢」となっていますが、ここでは「れん木」 「せっかい」と合わせて
三曲の同時演奏です。

7曲目の「黒髪」は少し変わった作風ですが、名曲です。
もともと芝居に使われた曲が地歌に取り入れられたものです。

8曲目の「影法師」は、幕末の作曲家・幾山検校の端歌のこれも名曲。
演奏が京都を代表する名手萩原正吟師というのも聴きどころ。

9曲目の「荒れ鼠」 は「作物」というこっけいな題材の地歌で、
変に澄ましたような先入観をお持ちの方は是非聴いていただきたいジャンルです。
演奏は大阪を代表する名手富崎春昇師というのもまた聴きもの。

2枚目は全て「手事もの」という、歌よりも長い、器楽間奏部分を主眼としたジャンルです。
とくに3曲目の「八重衣」は、手事が2つもあり、演奏に30分もかかる大曲です。
しかし退屈はしませんよ、作曲者は弟子も取らずに赤貧にあえぎながら、
自分でも弾きこなせないような難曲大曲ばかり作っていたという変人・天才・石川勾当。
その作曲技法のすべてがここにつぎ込まれています。

演奏者の配分もかなり気を配っているのがわかります。九州、山陽、大阪、京都、
さらにその中でも細分される名手の系統をバランスよく配しています。
これはなかなかにすごいことですね。
おそらく解説にはそのあたりも記されていると思いますので、
気に入ったジャンル、作曲者、演奏者の系統、そういったものから
地歌の手がかりを見つけていくことが可能なんです。

本当は全部こんな調子で紹介したいところですが、もう無理です。
とにかくどのジャンルも曲目とジャンルと演奏者、すべてに気を配り、
バランスよく選曲されていることだけは確かです。
邦楽では演奏者の系譜というのも大切な要素ですので、これは重要なことです。

本当におすすめしたいシリーズですので、気になるジャンルがあれば
ぜひお聴きいただければ、と思います。

2014年1月7日火曜日

野平一郎による松平頼則:ピアノ作品選集

本日発売された、野平一郎氏演奏による松平頼則のピアノ作品選集です。
さっそく聴いてみました。
松平頼則についてはこちらで過去に少し書いたことがあります
(学校での邦楽教育の教材と魔術師・松平頼則氏)。



(Amazon) (HMV)

収録曲は以下のとおりで、およそ75分、たっぷり収録されています。

・前奏曲 ニ調(1934)
・前奏曲 ト調(1940)
・6つの田園舞曲(ca.1939-45)
・リードI(呂旋法による)(作曲年代不明)
・リードII(律旋法による)(作曲年代不明)
・ピアノ・ソナタ(1949)
・6つの前奏曲 主題と変奏の形式による(1975)

このように、おおよそ作曲年代順に並べられています。
なにしろ膨大な作品を残し、初演を待っている作品も数多く、
いまだ全貌が明らかになっていない松平頼則だけに、
こうした試みは興味深いものがあります。

ピアノを弾いている野平一郎氏は、松平頼則に作品を依頼し、
その結果「ピアノ協奏曲第3番」が、作曲者死の年、2001年に
松平頼則93歳という年齢で生まれました。
この作品は、 野平一郎氏の校訂と独奏により、2010年にようやく初演されたもので、
ご記憶の方もあるかもしれません。

野平一郎氏はそうしたこともあり、松平頼則作品はかなり前から
まとまった録音を意図していたようなのですが、
自身ピアニストとしても活躍していた松平頼則のピアノ作品はなかなかに手ごわく、
ようやく今回リリースに至ったということです(過去に録音しながら没にしたこともあったとか)。

最初の2曲の「前奏曲」は本当に初期の作品ですね。
松平頼則は「前奏曲集」を企画していたようですが、
当時の作曲者は西洋の調性と日本の旋法にどう折り合いをつけるか、
結局回答を見いだせず、残された一曲が後者の前奏曲だそうです。

後年の松平頼則を知るものにとってはかなり意表を突かれる音楽です。
フランス音楽の影響は明らかです。
ピアニストとしても活躍した松平頼則にとっては、
フランス近代音楽はかなり興味をひかれるものだったのでしょうね。

「6つの田園舞曲」「南部民謡集」と共通した語法が感じられます。
ちなみに「南部民謡集」は録音がありますので、参考までに。



松平頼則作品集II/奈良ゆみ

(Amazon) (HMV

松平頼則はこう述べています。

「東北地方の民謡をバルトークのように採取している人に会った。
『南部牛追唄』を見せられたとき、思わず、私には伴奏の最初の音が浮かんだ。
それはsi♭→miなのである。そして『牛追唄』の開始音Faに実に自然に流れ込む。
私の半ば無意識に択んだ二つの音の関係は増4度であった。」
(上記ディスク解説から一部引用)。

つまり、当時フランスの影響下にあった松平頼則は、
民謡の中にドビュッシーを「発見」したということです。
「6つの田園舞曲」も、「南部民謡集」のように、
フランス音楽と日本旋法の折り合いをつけるのに、
民謡に手がかりを得たようです。
そういうわけで、これは当時の松平頼則の模索の記録の一つと言ってよいでしょう。

「リードI(呂旋法による)」「リードII(律旋法による)」の、
正確な作曲年代は実はよくわかっていないのですが、
この位置に置いたことに関しては長くなりますので、
詳しくはライナーノートを参照してください。
呂旋法(あるいは呂旋)、律旋法(あるいは律旋)は、雅楽の音楽用語です。
移動ド式に書きますと以下のような音階です。

 ・呂旋法(あるいは呂旋)
ド・レ・ミ・ソ・ラ・ド

・ 律旋法(あるいは律旋)
ド・レ・ファ・ソ・シ♭・ド

ここで音階の中の音程関係に注目してください。
呂旋法(あるいは呂旋)においては
完全五度完全四度長二度短三度長三度、が、
律旋法(あるいは律旋)においては
完全五度完全四度長二度短三度、が
それぞれ重要な音程となっています。

実際の雅楽でも、「移動ドで書くと」と述べましたように、
転調(中心音(宮)の移動)、移旋(雅楽では楽器の音程が狭いため、西洋音楽的「移調」はなく、
同じ旋律の音高を変えた場合に旋律は必然的に変形します)、臨時音など、
さまざまな理由で基本以外の音は使われますが、あくまで重要なのは
上記の音程関係ということはできます。
この2曲の「リード」においては、それぞれ曲名に付された旋法に含まれる音程関係、
これを意識して聴くと面白いと思います。

「ピアノ・ソナタ」は、1949年という作曲年は信じられないほど、
語法が以前の作品群より洗練されています。
そして、聴くためにはかなりの集中力が必要とされます。
まさに初期の集大成にふさわしい作品です。
演奏技巧的にもかなりな難曲のようで、
作曲者が代案(ossia)を提示している部分もあるようです。

無窮動的な第3楽章に時々現れる休止がかなり印象的です。
このほんのわずかな間が、より緊張感を増すことになっています。

「6つの前奏曲 主題と変奏の形式による」は、いよいよセリーによる作品です。
この作品を構成する6曲の演奏順は任意ということになっており、
ここで野平一郎氏は「第3曲、第1曲、第4曲、第2曲、第6曲、第5曲」
という演奏順序を選択しています。

第1曲で提示されるセリーは以下のとおりです。

「a-gis-fis-es-f-g-e-b-a-h-cis-d」

ここで、上述の雅楽の2つの旋法における重要な音程関係として
指摘したものを参照してください。
このセリーは、「fis-es」「e-b」を例外として
それらの音程関係で成り立っているのです。
さらには、強く弾く音、伸ばす音、等で、特に
完全四度、完全五度、長二度、が浮かび上がるようになっています。
結果として、セリーに依る音楽を聴いていながら、
記憶の底では雅楽の音階を呼び起こされるという不思議な感覚があります。
これが「セリーと雅楽の融合」として有名な松平頼則の
マジックの種明かしになります。

実際、私はこのCDを聴いて、「ピアノ・ソナタ」で極度に集中力を要したため、
かなり消耗した状態で「6つの前奏曲 主題と変奏の形式による」 を聴いたのですが、
前衛語法によるこの作品を聴いて、かなりリラックスした気分になり、
くつろいだ印象を受けました。
本当に作曲者の魔術には感服です。

こうして考えますと、最初期の「前奏曲」で始まり、セリーを使った「前奏曲」で終わるという、
対比としても面白いプログラムだと思います。

まだまだ膨大な作品が残されていますし、何より野平一郎氏にとっても重要であろう、
「ピアノ協奏曲第3番」などもあります。
これを第一歩として、続編を強く期待したいと思います。

2013年12月11日水曜日

声楽作品鑑賞にはどの程度の語学力が必要なのか?

昔、スメタナのオペラを「ボヘミアのブランデンブルク人」以外の全作品を
集中して聴いたことがあって、いろいろ面白いところがあったので
話をしたら、「チェコ語は難解だからなあ」と返されたことがあります。

彼はオペラ(というより声楽作品全般)を原語で理解しようとする人で、
西欧主要国と、あとはせいぜいロシアで限界だ、と言っていました。
対訳に頼り切りの私にとってちょっとはっとさせられることでした。

私はせいぜい英語くらいしかわからないので英国作品で考えてみました。
パーセルの作品は古語ではありますが、きれいな言葉だなあ、とは感じます。
ただ、歌だとよく聞き取れないのでどちらにせよ歌詞は見ながら聴いているのですが。
それでも、直接的に脳に入ってくる感覚はたしかに対訳とは違うな、とは感じます。

その一方で、対訳を見なければわからないとはいえ、ロシアオペラ独特の
バスの魅力は言語を超えているような気がします。
あの独特のバス歌手がロシア語で歌うだけでなにか陶然としてしまいます。
まあ、そういう部分もあるからこそ、西洋ではマイナーなロシア語オペラも
結構人気だったりするのかもしれませんね。
ロシア語を直接理解できる人ばかりではないと思います。

いや、英語の前に私はネイティヴ日本語話者ではないですか。
邦楽で考えてみました。

邦楽といってもいろいろあるので、それぞれに違うのが面白いなと思いました。
たとえば、同じ室町時代の言葉を使っている能楽と狂言。
能楽は正直字幕が欲しいと思う時があるのですが、
狂言はそのまま笑えますよね。何が違うのだろうと考えると、
同じ室町時代の言葉でも、文語と口語の違いじゃないかな、と。

源氏物語の原文での読書はあまりにも難解すぎて放擲してしまったのですが、
平家物語は最低限の脚注があれば結構スムーズに原文で読めます。
これは時代の違いというより、書き言葉と話し言葉の違いの方が大きいような気がします。
平家物語は琵琶法師が弾き語りをするもので、聞いてわからないと話にならないのです。
だから、比較的平易な言葉を選んで作られているのかもしれません。
それでですね、平曲などをきくと、原文で十分理解できるので、
やっぱり眼前に場面が見えてくるような迫力があるのです。

江戸時代の浄瑠璃などもやはり話し言葉に近いのか、
比較的わかりやすくはあります。まあ最低限の予習は必要ですが。
そして面白いのが、同じ江戸時代が中心だった地歌の歌詞です。
地歌というのはかなり包括的なジャンルであるので、
わかりやすい歌詞のものもあれば、もはや言葉遊びに近い難解なものまであります。
地歌には作曲家がいただけでなく、専門の作詞家も存在していました。
西洋で言えばサロンのようなものだったんだと思います。
類語、縁語、古典からの引用、とにかく難解で、初めて聞いてわかるというのは
かなりの知識人だと思います。

歌詞もそうなんですが、音楽自体も地歌はちょっと特殊です。
ほかのジャンルに比べて宮音移動(移調)の頻度が高い。
つまり複雑なんです。
その上、旧作のごく一部の引用などをしてなにかをほのめかしたりします。
これは和歌の本歌取りのようなものですね。
とにかく、知っていることが前提というところがあるんです。

なんで地歌がこんなに特殊なのかというと、
やはり閉じた環境の中での音楽だったからだと思います。
作曲家もいわば職業作曲家兼演奏家でしたし、
前述のとおり、たいていは歌詞も専門の作詞家が作っていた。
聴衆はというと、これもまた仲間の作曲家、演奏家や、
家柄のよい家庭などだったりします。
こういう閉じた環境で新古今和歌集的な技巧の追及が行われたのではないかと。

思えば、能楽も、猿楽から能楽になった時に、歌詞が難解になったのではないかとも思えます。
能楽は武士の式楽ですから、やはり知識階級が相手ということもあるのでしょう。

で、地歌や能楽がつまらないかというと、そうではないですよね。
聴いて直接的に理解できるようになるまで予習する方もいますし、
まあそのほうが面白いことは確かなのですが。
これは上述のロシアオペラの魅力の源泉のようなことかもしれません。
たとえば地歌は上方が中心地であったため、旋律に上方言葉の影響が
かなり強いとされています。
大阪の作曲家の作品と、京都の作曲家の作品では、
やはり全然違うんですよ。
声楽作品ならでは、ということなのかもしれないですが、
純粋器楽部分まではっきりと違うので面白いんです。
当時から大阪と京都ははっきり違う風土だったんですね。
そんなところだけでも面白かったりするわけです。

声楽作品の鑑賞においてどの程度の語学力が必要かというのは結構複雑です。

2012年11月25日日曜日

ロシア文学と地歌・筝曲

今更ながらにドストエフスキーにはまりまして、
3年を費やし、いわゆるドストエフスキー五大長編、
「罪と罰」「白痴」「悪霊」「未成年」「カラマーゾフの兄弟」や、
ほかのいくつかの作品も読みました。
こんな圧倒的感銘を与えてくれる作品を
今まで読んでいなかったことは、
恥ずかしいことでもありますが、
この年になってもまだ楽しいことが世の中にたくさんある、
と、前向きに考えています。

ところで、私は引っ越しが多く、散逸したものも多いのですが、
両親の青年時代に読んでいた本を多く受け継ぎ、
その意味では読書代は助かりました。
ただし、古い本ですので、旧字体、旧仮名遣いですが。
これはそれでも、ドストエフスキーを読むには幸いしました。
書き散らかしたような面もなきにしもあらずの
彼の文章は、読みやすい翻訳ですと、
意味を深く考えられないので、
読むのにひと手間かかる旧字体、旧仮名遣いは
じっくり意味を受け止めつつ読むにはかえってよかったようです。

さて、本題に入りましょう。
上述の通り、古いドストエフスキー翻訳といえば、
米川正夫氏の翻訳で、少なくとも五大長編は
全て氏の翻訳で読みました。

そして、邦楽にあまり縁のない方は疑問を持たないかもしれませんが、
「米川」という姓は比較的珍しく、
「まさか地歌・筝曲の演奏家を多数輩出している米川家と
関係あるのではないだろうか?」と、気になって調べてみますと、
関係あるどころか、当事者じゃありませんか!

これはびっくりです。
地歌・筝曲の米川家というと、米川文子さん、米川敏子さんは
すでに現在2代目であり、その他大勢演奏家を生んだ
名門といっていいでしょう。
そういう家系ですから、 米川正夫氏も、
幼いころから、箏、三絃の手ほどきは受けていたようです。
しかも、かなりの腕前だったようです。
同好会のようなものを主催し、「残月」を演奏した、という話があります。

「残月」というのは、日本を代表する作曲家、峰崎勾当の代表作の一つで、
演奏時間20分を超える大曲です。
それだけではなく、演奏が本当に大変なんです。
これは「手事もの」といわれる、中間部に長い器楽間奏部をもつ歌曲ですが、
まず、唄部分が、ほかの手事ものと異なり、ずっとスローなままです。
これを聴かせるには大変な唄の実力が必要です。
さらに手事、この曲の手事は、五段からなる大規模なもので、
しかも唄部分と激しい対照をなす、きわめて華やかなものです。
ここでは楽器の腕が厳しく問われます。
そして、演奏至難という以前に、この曲の格は非常に高く、
ただ「演奏できる」という程度の人間に演奏が許される曲ではないのです。

「残月」の箏の手付はいろいろあるのですが、
米川正夫氏の兄にあたる琴翁の手付は米川家系の演奏家では
ひろく演奏されています。
それだけ米川家ではいっそう大切でしょうから、なおさらです。

なお、 米川正夫氏の主催していた「桑原会」には
内田百閒なども参加していたようです。
内田百閒のほうもこちらでも面白いエピソードがあり、
宮城道夫と合奏した様子などを自作に書いていたりします。

なんにせよ、戦前のインテリの底力というものを感じます。
当時は専門だけではなく、趣味でも一流でこそ、ということが
あったのでしょうね、とても現代では考えられません。
「嗜む」趣味人は現代でも多いでしょうが、
上述の通り、玄人はだしのこういった知識人が
すくなくなかったというのは、見習うべき点でしょう。

2012年9月26日水曜日

藝大邦楽科では何が起きているのか?

邦楽の教育の頂点は、藝大の邦楽科だということは間違いないでしょう。
ただ、いろいろ、変なところがあるように思います。

まず、地歌・筝曲。ピッチが442固定なんだそうですね。
いやまあ、箏と三絃だけの合奏ならそれでもいいんでしょうけど、
尺八が入っても442固定というのはどうなんですか?
精密機械のごとく変貌した西洋の現代の楽器でも、
たとえば中学・高校での吹奏楽部で、
季節、天候など関係なしにピッチ固定なんてやってるところはないでしょう?
すくなくともわたしの中学・高校時代は、
合奏練習するときは指揮者が季節、天候を考慮して
基準ピッチを指示するところから始まっていましたけど…。
まして、素朴な楽器である尺八が、季節、天候関係なく
どんなときでも442固定で合奏するって変な話ですね。

まあ、できなくはないんですよ。
冬や悪天候のときはカリぎみに、
夏や好天のときはメリぎみに、
全体を通して吹き続ければいいんですね。
でも、やっぱり私はおかしいように思います。
そもそも邦楽なら雅楽基準の430でしょう。
それならまだわかります。

あと、西洋和声の授業も必修らしいのですが、
はじめのころは邦楽科の生徒は2度の和音ばかりで
回答して、教授がいい加減にしろ、って怒ったら、
だってこっちのほうが奇麗ですよ、と、みんな真顔で答えた、
というエピソードもあり、教えるほうも、本当にこの人たちに
教えていいのか恐ろしくなったらしいですが、
たとえば、藝大出身の能管奏者・一噌幸政師は、
普通なら7度や7度半になる音程を、完全八度に補正して
吹くと、ちょっと話題になったらしいです。昔のことですが。
今は、プロの若手藝大出身笛奏者にきいたら、
「みんな音感わるいんですよ、能楽囃子はイ短調!」
(注:能楽囃子は基本的に黄鐘(A)基調です)
と断言してびっくりしたことがあります。

でも、かりに旋律がイ短調だったとして、
能楽囃子がイ短調というからには、
機能和声に基づいているということじゃないですか?
「音階」あるいは「旋法」だけの問題ではなくなってしまうと思うんです。

たとえば、地歌の「夕顔」の出だしを機能和声的に考えるとします。
主音がDの場合、BとEにフラットがつくのはどうしようもない違いですが。
あと、導音は常に長二度ですのでCに♯はつきません。
これらの臨時記号を念頭におくと、

D D B♭A  A A  GE♭ D

I  I    V  DIII6VI7  II7V7   I

これが仮に西洋音楽だとするとこうなりますかね。
まあ、終止形が短二度下降が決まりなので無理やりです。
でも明らかにおかしいことは、邦楽をよく知らない方でもわかるはずです。
こんな伴奏がついたら、もう邦楽じゃないですよ。
ただ、上述のプロの藝大出身の若手奏者の「能楽囃子はイ短調説」が
正しいとすると、究極的にはほかの邦楽も機能和声に
支配されているということになる。

昔の和声の授業のエピソードとの比較で、
もしかして今の藝大では古典でもこんな教え方をしているんでしょうか?
だとしたら、現在致命的に古典を演奏できる奏者がいないことは
なるほどと、理解できます。

いいとか悪いとかはさておき、藝大を出た箏や尺八奏者は、
だいたい3か月ごとに新作の初演をやっていて、
とても古典にまで手が回らないそうです。
そうした新作は、西洋音楽の手法で作曲されていますから、
もしかして藝大では西洋和声を中心に教えているのではないかと
勘繰ってしまいます。冒頭のピッチの442固定といい、
いまどき中学校のブラスバンドでもやらないようなことが
まかり通っていることを知って、現状を知りたいなと思っています。

2012年9月9日日曜日

洋楽?邦楽?

私が評価する「現代邦楽」はどんなものがあるか?
という質問をされて、考えているうちにいろいろわからなくなってきました。

「邦楽器を使った作品」ということであれば、
諸井誠さんの「竹籟五章」、武満徹さんの「秋庭歌一具」
あたりは評価しているけれども、これは洋楽の作曲家の作品。
ということで、下山一二三さんの作品などはどうかな、と思ったのですが、
今更になって調べてみたら、なんと松平頼則さんの弟子筋にあたる方。

もともと下山一二三さんの作品を知るきっかけは、
師匠の息子さんのCD(尺八とピアノのための作品集)で、
聴いていて、正直作品の質が…と思っていたのですが、
おひとり、下山一二三さんの作品が際立っていたので注目したことでした。
不思議なことに、あまり現代音楽界隈で下山一二三さんは話題に上らず、
邦楽の作曲家と誤解していました。
完全に無知ゆえでお恥ずかしいのですが…。

しかし、ここにきて、ちょっと自分でもわからなくなってきたことがあります。
楽器の区別が絶対的な「洋楽」「邦楽」の区別の基準なのか?
と。

いわゆる邦楽器専門の「現代邦楽」作品は、
楽器こそ確かに邦楽器ですが、語法は西洋音楽です。
たとえ、和風な味付けをしてあっても、
それはロマン派における国民楽派的なものの域を超えるものではないです。
それはたとえ天才・宮城道雄とて例外ではありません。
宮城道雄は形式的には手事物などもかなり残していますし、
それなりに伝統に気を配っていたことはうかがえるのですが、
やはりそういう時代だったのでしょう。
もちろん、それは質とはまた違う話で、
宮城道雄が天才だったのは、そうした創作の仕方でも
質を保てたところでしょう。

対して、洋楽の作曲家の中で、
たとえば私が峰崎勾当以来の日本の大作曲家と
考えている松平頼則さん、膨大な作品を残していますが、
初演すらされていない作品も多く、私の所持CDは4枚だけ、
他に聴いたことがあるのはピアノ組曲「美しい日本」と、
先日ラジオ放送されたコンチェルティーノだけ。
それでも、全てが高水準を保っているのは驚くべきことで、
洋楽器を使い、洋楽の語法を使いながらも、
巧みに雅楽などの要素を消化している、ちょっと考えられない作風です。
はたして、これを洋楽とだけ評価していいものだろうか?と。

先日演奏会で聴いた「美しい日本」、各種伝統音楽を題材にしています。
雅楽はもちろん、平曲、筝曲、民謡…。
それらの「国民楽派的」利用ではなく、構造そのものを利用しているわけです。
平曲については勉強不足で、ちょっとわからなかったのですが、
平曲をご存じのかたは「あれは間違いなく平曲」だと
おっしゃっていたのが印象的でした。
そうだろうな、と思うのは、この組曲の終曲、「箏曲風の終曲(茶音頭)」が
見事に手事物形式で、初めて聴くにもかかわらず、
「あ、手事に入った」「チラシだな」「ここから後唄か」と、
不思議なことに体が反応していたからです。
茶音頭の具体的な旋律の引用があったかどうか、それはわかりません。
あるにしても、おそらく分解されて知覚できなくなっていると思われます。
これは本当に不思議なことで、科学的説明を求められると困るのですが…。

こういう音楽を、洋楽器を用いているから、とか、
洋楽の作曲家であるから、という理由で「洋楽」と
単純にジャンル分けしていいのかな、と
前から思っていたのですが、まだ松平頼則さんの場合は洋楽器を使っている、
ということで、仕方がないかも、と思っていました。

しかし、下山一二三さんの場合には、邦楽器を使った作品が
それなりの数あります。実際無知ゆえとはいえ、
邦楽系の作曲家と誤解していましたし。
こうした場合、もう「洋楽の作曲家だから」と、
邦楽から切り離すのはどうなんだろう、と。

弟子筋にあたるとはいえ、松平頼則さんの高雅な書法と、
下山一二三さんの強烈な情念とは対極です。
しかし、これだけ面白い曲を書いていた人が
松平頼則さんの門下ということを知り、妙に納得したりもしました。

国際的に評価が高い細川俊夫さん、彼は私はどうも苦手です。
たとえば箏、三絃、尺八のための「断章Ⅰ」。
これは細川俊夫さんの80年代の特徴的な語法の作品ですが、
伝統との断絶を痛烈に感じます。
また同じく80年代の「観念の種子」。
これは声明と雅楽のための作品ですが
古来の五行思想を持ち出したりしていますが、
まったく細川俊夫さん流にアレンジされていて、
こちらもまったく伝統音楽の香りはみじんも感じない。

私は何しろ、作曲などという高度な創作行為に関して素人ですので、
何がここまで松平頼則さんと細川俊夫さんをして
伝統を感じるかどうかの差異を生じさせたのか、
専門的見地から説明はできないのですが…。
お二人とも、伝統音楽をそのまま使うのではなく、
自分なりに消化したうえで創作されているので、
表面的に和風な味付けをしているというわけではないのです。
これはもう、一応伝統音楽の片隅にいる者としての嗅覚です。

少々話がずれました。
さて、邦楽器を使えばそのまま「邦楽」になるのか、
洋楽器を使いつつも「邦楽」ということは絶対にありえないのか、

洋楽とか邦楽っていうのはなんなのでしょう?

2012年7月24日火曜日

お経と尺八古典本曲

先日犬の三回忌の法事に出ました。
もうそんなになるんだなあ、と。


その法事の時、読経を聴いていて、

「レ〜ーレ チメーチメウー レ〜−レ」
(ファ/ソーソ ラ♭↑ーラ♭↑ラ♭↓ー ファ/ソーソ[矢印は微分音])

という、尺八古典本曲に頻出するフレーズがあって興味深かったです。
もともと普化宗で読経や座禅の代わりだったのが尺八古典本曲ですから、
宗派は違えども、なにか関連あるか、
日本人の嗜好に合うフレーズなのか。

特に「チメーチメウー」は重要で、
関西系では素朴に演奏されますが、
琴古流本曲、東北系本曲、津軽根笹派など、
諸流派ではこの音型が独自に装飾されます。
注意深く聴かないと元が同じとは聞こえないほどにそれぞれ
特色のあるフレーズになっています。
この法事で聴いたのは、関西系に近い、
無装飾の素朴な基本形でした。

また、いつだったか忘れましたが、読経の最初、最後が

「レーレロー」
(ソーソレー)

という完全四度下降音型で、東北系の尺八古典本曲の
典型的な始まり方、終わり方で驚いたこともあります。

ただ、よく考えてみれば、下降四度というのは、
近世邦楽にとっていわば音楽の「核」ですので、
偶然でもなんでもなく、そういった共通要素があるのは
むしろ自然なことなんですね。
やはり読経というのも音楽なのだと強く意識しました。

こういうことが考えられるくらいには
法事も冷静に迎えられるようになりました。

2012年6月16日土曜日

楽器に「進化」はありえるのか?

このブログを立ち上げて何か月か経ちます。
いくつか記事をお読みくださった方なら気づかれていると思いますが、
私はピリオド楽器系の演奏が好きです。
でも現代音楽も好きなのですね、不思議に思われるかもしれませんが。
古楽と現代音楽というのは相当に親和性が高いというのが持論ですが、
今回はそれが主眼ではないので、
またいつかそれについては書きたいと思います。

さて、楽器です。
楽器に「進化」というものがあるのか、と問われれば、
私は完全に否定します。
「変化」があるのは当然としても、それが良い方向に
変化しているとばかりは言えないと思うのです。

古琴や筝の話をしましたが、絹糸を使用しなくなったのは、
まあ率直に言って現代はうるさすぎるからだと思うのです。
音色を犠牲にしても音量を強化せざるを得なかった。
これは完全に二者択一であって、音量強化がなされたからといって
「改良」と言えないのは音色の犠牲があまりに大きいからです。

これは西洋でも同じだと思います。
たとえばクラヴィコード。これは古琴と非常に近い。
演奏者自身か、楽器のすぐそばの人間にしか音は聞こえません。
ですが、繊細な音色と、音色変化が可能です。
よくクラヴィコードの特色としてヴィブラート(ベーブング)がかけられることを
挙げられますが、あくまでベーブングの本質は
音色変化奏法の応用の一つであって、
モダン楽器的なヴィブラートがかけられるから優れている、というのは
まったくの的外れということは忘れてはならないでしょう。

クラヴィコードやチェンバロとピアノはですから全く別の楽器であり、
チェンバロがピアノの先祖であるかのようなことを言う方もいますが、
これもまったく事実とは異なります。
現代では発音方法が両者でまったく異なることは
よく知られてきていますからこれは改善されてきていますが。

問題は様々な年代のフォルテピアノ 、これとモダンピアノの関係です。
結論から言いますと、これも別の楽器と考えた方がいいのです。
古琴や筝が絹糸を放棄したのと似ていると思います。
音色と音量の二者択一で、やむなくモダンピアノに変貌していったのでは。

リストは演奏会で、全く同じ状態のピアノを三台用意していたそうです。
リストの演奏に当時のピアノの張力では耐えられなく、
調律が狂ってしまうので、こういう準備をしていたそうです。

地歌の演奏会の様子をごらんになった方、ピンときたはずです。
現在のところ絹糸をまだ使用している三味線は、絃が切れやすいので、
替え三味線といって、三味線奏者の後ろに
絃が切れた時の替えの三味線を置くことがあります。
名人上手になってきますと、一番太い絃が切れた場合を除き、
ポジション移動だけで弾ききってしまうこともありますが…。
まあ、普通の発表会レベルですと替え三味線を用意するのが普通です。

リストの時代はまだ原始的なピアノしかなかったから、
これは仕方なかったのだろう、と言われるかもしれないですが、
どうでしょうね、これは簡単に結論は出せません。

ベートーヴェンのピアノ作品が、当時激変を繰り返していた
ピアノの変化を作品に組み入れていたように、
また、クレメンティ社製ピアノの販促の一環でもあった
クレメンティのピアノ作品も積極的に新しいピアノの奏法を
取り入れて宣伝も兼ねていたように、
この二人の活動時期ほどの激変はなかったとはいえ、
代わりにリストは長命でした。楽器の変化は当然作品に反映させました。
しかし、進化論では語れない問題もあるのです。

「超絶技巧練習曲集」には3つの稿があります。
このうち一番実際の演奏が困難なのはどれだと思われますか?
「楽器進化論」がそのまま適用できるなら、第3稿のはずですよね?
ですが、実際には第2稿なんですよ!

このことは、実は2つ稿のあるパガニーニ練習曲集にもあてはまります。
最初の稿の方がはるかにムチャクチャな技巧を要求されます。
リストはあえて技巧的には簡易化をして(それでも十分難しいですが)、
最終稿としたわけです。最新のピアノの技術を
盲信していなかったのではないでしょうか。

おそらく、リストならば、音量の問題は自身の力量で解決でき、
ならば音色に優れた楽器を、という選択をしたのかもしれません。

フルートをはじめ木管楽器も、金管楽器も、
ヴァイオリンをはじめ弦楽器も、
すべて「改良」は音量面と、半音階対応に関してです。
音色は常に犠牲にされてきました。
現代の演奏会場ではもはや音色を対価にして
音量が出るように、また複雑な半音階進行に対応するよう
「進化」させた楽器を使用するしかないのですが、
これは音楽を演奏する道具である、「楽器」の正しい「進化」の
結果なのかと問われると、冒頭のように私は否定的見解です。

2012年6月4日月曜日

S.クイケンは私よりよほどわが師に忠実だ

S.クイケン指揮のバッハ:ヨハネ受難曲の再録音を聴きました。




バッハ:ヨハネ受難曲 クイケン&ラ・プティット・バンド(2SACD)
(Amazon) (HMV)

旧録音との違いは、最近のクイケンの一連の録音と同じく、
OVPP(合唱部も1パート一人で歌う)によるものということです。

クイケンはこれまでバッハの宗教作品をOVPPで録音し、また継続中です。
Challenge Classics にはこれまでに



モテット集 (Amazon) (HMV)



ロ短調ミサ (Amazon) (HMV)



マタイ受難曲 (Amazon) (HMV)


と、録音しており、また、Accent にはカンタータを同じくOVPPで
全20枚予定で録音継続中です。

正直、リフキンなどのOVPPの演奏を聴いたときには、
「なるほど、こういう学説もあるのだな」という
学説の実証くらいにしか思えなかったのですが、
クイケンとLPB(ラ・プティット・バンド)の最近の一連の録音は、
しっかりと演奏するヴィジョンがあって、その手段として
OVPPを用いていることがはっきりわかります。
学究的というよりは、すばらしい音楽ということがまずあるわけです。

唐突ですが、わたしの尺八の師匠には、よく同じ注意をされます。
「大きな音を出すことは大事だが、コントラストが出せないようでは無意味」と。
弱音があってこそ強い音も活きるし、逆もまたしかりなのです。
このことをクイケンとLPBのOVPP演奏を聴くと思い起こすのです。

特に、ヨハネ受難曲は合唱の担う役割が大きく、
果たして満足感が得られるのか、実際に聴いてみるまで
少し心配な部分もありました。
それは杞憂でした。
静かな祈りと劇的高揚が十分に表現されています。
少人数ゆえの精度の高さもあります。
なぜこんなことが可能なのでしょうか?

その答えは、先ほどのわたしの尺八の師匠の言葉にあるわけです。
もともと、バロック音楽はコントラストの音楽で、
漸強、漸弱といった要素はないわけです。
あるとしても長く伸ばす音のメッサ・ディ・ヴォーチェくらいでしょう。
このコンビのOVPPによるバッハ演奏は、基本が静謐な祈りなのです。
ですから、声を張り上げて絶叫しなくても
相対的に強音が対比されるわけなんですね。

なんということでしょう。
私の尺八の師匠の注意をよく守っているのは、
クイケンのほうではありませんか。
合唱の役割の大きいヨハネ受難曲を聴いて、
師匠の言葉の意味がわかった気がします。
絶叫は必要ないのです。
必要なのはむしろ静謐な祈りを純度を高く表現することなのです。

2012年5月22日火曜日

東洋の「音」

ここしばらく落ち着いて音楽が聴けないのが少しストレスです。
オペラを聴きたいのですが、演奏時間が長いですからね。

こういう時は邦楽演奏で養った「東洋の耳」が役に立ちます。
古琴の音を松風に喩えることは以前書いたとおりなのですが、
他にも有名なのは、尺八の理想の音が「竹林を渡る風の音」というのもあります。
古典文学でも自然界の音に対し非常に繊細な受け取り方が多々見受けられ、
「音」に対しての感受性は東洋はとても高いことがわかります。

ジョン・ケージの「4分33秒」は冗談音楽のように受け止められていますが、
ケージがかなり東洋音楽思想に影響を受けていたことを考えると、
そうした見方はかなり西洋音楽の概念でしか考えられなくなっている
証拠ではないかと思います。
静寂の中に耳を澄ませば、そこには豊かな音楽が存在する、
それは全く東洋的な音楽の考え方です。
ただ、それが「ピアノ作品」ということなので誤解が生まれるのでしょう。

ケージの主張した「偶然性の音楽」という言葉は、だからちょっと違うかなと。
音楽はすでに存在するものであって、
あとはそれを聴きとることができればいい。
そういう意味ではやはりケージも
西洋音楽の人だったということができるでしょう。

そしてさらに、ケージの「偶然性の音楽」でさえもあまりにも無責任とされ、
ヨーロッパでは「管理された偶然性」なる音楽が生まれます。
もうここまでくると東洋の面影はゼロですね。

さて、古琴ではポジション移動の際の「擦音」も含めて音楽です。
ただ、それはあまりに音量が小さく、奏者、せいぜい奏者のごく近くの人しか
聞こえません。ただそれでよかったのです。
古琴は自分で弾くための楽器で、聴かせるものではありませんから。
ここが現代スチール弦に変わった大きな原因でしょう。
西洋と同じく、「聴かせる」音楽として生き残るには
これしか手段はないわけです。

同じことは十三絃筝にも言えます。
本来絹糸を使うのですが(藝大では現在でも絹糸です)、
せいぜいお座敷くらいの大きさしか想定していないそれでは
小ホールといえども音が聞こえない。
右手の基本奏法はともかく、左手の繊細な音色変化は無理です。
そこで古琴のように、テトロン弦が使われるようになったのでしょう。

三味線はかろうじて絹糸が使われています。
これも将来どうなるかわかりませんね。

思うのですが、明治以降の邦楽器作品は西洋音楽的「楽音」が主で、
せいぜい物珍しさを披露する陳腐なエキゾチシズムの表現として
本来の繊細な音色変化を使う程度です。
これも、お座敷から、演奏会用ホールへと場所が移った弊害です。
こういう音楽をするなら邦楽器を使う必要がありますか?
楽器だけ邦楽器でも、「音」の考え方がまったくの西洋音楽なのです。
だから私は明治以降の邦楽器作品は西洋音楽と考えています。

今、雨が降っています。
その雨音を聴くか、その雨音の合間の静寂を聴くか、
これが分かれ目だと思います。

2012年5月10日木曜日

古琴と松風

先日、「梁塵秘抄」を読んでいまして、このような歌が載っていました。

「月影ゆかしくは、南面(みなみおもて)に池を掘れ、さてぞ見る、
琴のことの音(ね)ききたくば、北の岡に松を植えよ。」(巻第二 三七九)

ちょっと説明が必要だと思われますので簡単に。
まず前半、当時月は直接観るものではありませんでした。
池や杯に映る月を間接的に鑑賞するのがつねでした。
庶民階級はわかりませんが、すくなくとも貴族はそうでした。

そうした当時の月見の仕方の前段を受けて後段があるわけです。
琴の音も同じく間接的に聴こう、と。

さて、なぜ松なのかとか、「琴」についても説明が必要です。
まず、「琴のこと」と歌われていますね、当時「こと」というのは
弦楽器の総称でした。枕草子や平家物語では
「琵琶のこと」 という記述もありまして、
琵琶も弦楽器ですから当然 「こと」だったわけです。
このように「○○のこと」で弦楽器を指す習わしでした。

では「琴のこと」とはどんな楽器かというと、現代の私たちの
よく知っている十三絃の筝ではありません。
当時雅楽では三種類の「こと」がつかわれていました。

まず六絃の「和琴」。これは国風歌舞に使われるもので、
つまりもともと日本にあった「こと」です。
そして雅楽管弦に使われる十三絃の「筝のこと」。
これがのちに筝曲でつかわれる俗筝になります。

さて、もうひとつが「琴のこと」です。
これは七絃の楽器で、古くから文人のたしなみとして
独奏楽器として発達してきました。
そしてこれは現代では「古琴」あるいは筝との混乱をさけるため
「七絃琴」ともいわれます。ここではこれから「古琴」と呼びますね。

「古琴」の音はしばしば「松風」に喩えられてきました。
つまり冒頭の梁塵秘抄の歌の意味がこれで
ようやく明らかになったと思います。

「月を見たいと思えば池に映る月を眺めるために南に池を掘れ、それを眺めよう、
古琴の音を聴きたければ北の岡に松を植えて松風の音を楽しもう。」

こういうことなのです。なんとも風流ですね。

ところが、現代においては筝の演奏家でさえ「筝」「琴」の字を
区別する人が少なくなったことで明らかですが、古琴は絶滅寸前です。

そして、中国では古琴奏者は比較的多いとはいえ、
現代では絹糸ではなくスチール絃を使うため、
上記の歌のような、古来喩えられた「松風」を感じることは不可能です。

洋楽でも現代、駒を高くし、スチール弦を張力目いっぱいに強くした
モダン弦楽器で古典を弾いても、例えばモーツァルトがある曲で
G♭とF♯でさんざん悩んだその苦悩の選択の結果は表現不可能ですよね。
それと同じことなんです。

ただし、さすがに文人の楽器、
絹糸を使った人もいるわけです。
劉少椿師はその一人です。

張子謙師と劉少椿師は現代廣陵琴派の代表的演奏家ということで、
知人に音盤をお借りしてこのお二人を聴いたのですが、
劉少椿師の演奏は衝撃的でした。

張子謙師は、近代的な演奏スタイル、いわばプロとして
現代の音響を追及している感じでした。
音楽家としての音楽の演奏として非常に洗練されています。
その最先端が姚公白師なのだと思います。

劉少椿師は、いい意味でディレッタンティズムを貫いておられるようですね。
文人の音楽としての古琴という感じがいたします。

解説を読んでみたのですが、
張子謙師は長い余韻での「吟」や「Nao(けものへんに柔)」を
「進復」や「退復」に改変したそうです。
これはおそらく、スチール絃の使用と無関係ではないのでしょう。
劉少椿師は「右手は正確に動かし、左手は「吟」や
「Nao(けものへんに柔)」を完璧に」と初心者に指導したそうです。
古い録音の中にも、また、完璧な状態の演奏ではないという
注意書きもありますが、
それでも十分に師の演奏の美点は伝わってきます。
「無声勝有声」、「静寂は音に勝る」、
ある意味、古典邦楽と感性を共有しているわけですね。

残念ながら日本では現在劉少椿師の音盤は入手できないようですが、
Youtubeなどでもし見つけられましたら、ぜひご一聴ください。

それまでは、冒頭の歌のごとく、松風を聴いて過ごすことにしましょう。

2012年3月28日水曜日

獅子ものについて

邦楽には「獅子」に関する曲が多くあります。
一般の方には「獅子舞」が一番なじみがあるのではないでしょうか?

ところで、現在の獅子舞より前に、雅楽の全盛時代にもすでに
獅子舞はあったようです。
雅楽はあまりなじみのない方は「越天楽」のように
器楽合奏だと思われがちですが、
神楽歌や催馬楽、朗詠などの歌曲や、
舞楽のようにその名の通り舞がつくものも多いのです。

最近は舞楽は公演でも盛んになってきて、
専門家でない方たちの趣味としても結構人気が出てきているようです。
こんなCDがあります。
舞楽

この2枚組CDは左舞と右舞でそれぞれ1枚構成し、
ライナーノートには舞踏譜までついているというすばらしいものです。
上述のように舞楽を趣味でやってらっしゃる方には特に最適です。

さて、「楽家録」 という雅楽古書があります。
そこに獅子舞についての記述があります。

「獅子者、非笙篳篥之曲、唯為横笛秘曲」

これを読んで、「え?雅楽って合奏じゃないの?」と思われる方も
いらっしゃるでしょうが、平安時代には龍笛はもちろん、
楽筝や楽琵琶独奏の秘曲があったらしく、源氏物語や
平家物語に曲名がいろいろ出てきます。
残念ながら、「秘曲」ということで伝承をなかなかしなかったために
現在では伝わっていません。
ただ、当時は独奏曲も各楽器にあったわけですね。
そして獅子ものは横笛の秘曲だったというわけです。

そうすると、能楽囃子の「獅子」の特殊性も関連あるかもしれません。
能楽囃子は多くは黄鐘基調、まれに盤渉基調なのですが、
「獅子」だけは獅子独特の特殊な基調をしています。
また、かなり格の高い曲とされています。

能楽囃子の「獅子」はこれに収められています。
能楽囃子名曲集

笛は名手・藤田大五郎さんです。

ところで、能の囃子というのは、同じ曲でも演目によって
微妙に雰囲気が変わります。
「石橋」は「獅子」が見せ場の曲なので、そちらも紹介しておきます。


さて、他にも地歌には「獅子もの」というジャンルがあります。
「○○獅子」という曲名で、手事もの(長い器楽間奏部のある曲種)の
源流の一つで、古いジャンルです。
そのなかの 藤永検校作曲「八千代獅子」の手事は、
もともと尺八(といっても一節切という普化尺八と異なるもの)
の曲を三絃に移したものです。
やはり、笛と関連が強いわけです。

その他、尺八古典本曲でも「○○獅子」というものは例外的といってよいほど
拍節感が強いことで異彩を放っています。
やはり民間伝承が起源なのかもしれません。
江戸が拠点だった琴古流尺八本曲はとくにそういう「○○獅子」が
多いのですが、興味深いことに、同じく江戸が拠点だった
胡弓藤植流の本曲でも獅子ものが多いのです。
私は、相互交流がかなりあったのではないかと想像しています。

獅子というのはこのようにいろいろなジャンルにわたって様々あり、
 雅楽書である「楽家録」に記述があることを考えると、
かなり古い起源があるのではないでしょうか。

2012年2月5日日曜日

学校での邦楽教育の教材と魔術師・松平頼則氏

学校教育で邦楽器の教育が義務付けられてしばらくたちますが、
学校の音楽教師が大体においてまっとうに演奏できないのですから、
これはなかなか難しい問題なのです。

みなさんご存じの「さくら」は、幕末に箏の手ほどき曲として作られたもので、
その意味では、近世邦楽の音階である、いわゆる都節音階に対しては、
素晴らしい教材として現在でも使えると思います。

さて、邦楽といってもいろいろあるわけですが、雅楽は厳密には「邦楽」には入らない
そうですが、教育としてはやっておくべきものだと思います。
しかし手ほどき曲が問題になってくるのですね。

雅楽の手ほどき曲というと「五常楽」が使われることが多いようです。
実際にこういうDVDも出ていて、独学できるようになっています。
篳篥・笙・龍笛・五常楽にチャレンジ 雅楽入門 [DVD]

しかしこれは近世邦楽でいえば、例えば地歌ならいきなり「黒髪」から入るようなものです。
全般的に邦楽には極端に手ほどき曲が不足しているのです。
最初からコンサートピースを習うことができるのは、良いことでもありますが、
初修の曲だからとおろそかに考える人も出てくるのが問題です。

さて、「君が代」は皆さんもご存知ですね。
いろいろ思想的なことはとりあえずおいておいて、旋律としてこれは、
壱越律旋の手ほどきとしてうってつけなのです。
君が代演奏拒否の教師が理由として、
「雅楽音階の曲を西洋和声で平均律のピアノでは演奏したくない」ということを挙げていて、
これは確かに一理あるんですよ。

そこで、歌詞の問題もクリアする方法、また邦楽器教育の一つの方法として、
君が代を雅楽器で演奏する教育を行うというのはどうかと思うのです。
おそらく、雅楽音階においての手ほどきとして、近世邦楽音階における「さくら」と同じくらい
優れた教材であると私は考えます。
皆さん歌詞の事で議論しているのでしょう?よくわかりませんが。
でも旋律としてこんなすばらしい教材を使わないのはもったいない。
唄うのが嫌な教師・生徒は雅楽器を演奏すればいい。
割と真面目な提案です。

その後に「五常楽」や「越天楽」に進めば、自然に上達することでしょう。

雅楽特選
ところで、越天楽を題材に西洋音楽の話もしておきましょう。
まず、「越天楽」は「渡物」といって、3つの調子のものが存在します。
雅楽「越天楽」三調
このCDは非常に素晴らしい音盤で、その3つの調子(平調・盤渉調・黄鐘調)の
「越天楽」がおさめられているだけでなく、平調「越天楽」では「残楽(のこりがく)」という
特殊な演奏形態で演奏されています。
さらにお得なことに、「五常楽」も収められているのです。
「雅楽を何か聴いてみたい」という方には、まずこれをお勧めしたいです。

さて、私が個人的に峰崎勾当に並ぶ日本の大作曲家と考えているのは、
松平頼則(まつだいらよりつね)氏です。
「松平」という姓からわかるとおり、そういう家柄の人で、
音列による西洋作曲技法と、雅楽の要素を魔法のように融合させた
とんでもない技法によって、多くの作品を残しています。
「越天楽」と関係するのはこちら。
松平頼則:ピアノとオーケストラのための主題と変奏/ダンス・サクレとダンス・フィナル/左舞/右舞
この「主題と変奏」はカラヤンが指揮した唯一の日本人作品としても有名ですが、
その主題は「越天楽」、しかも普段よく聞く平調のものではなく、盤渉調のものです。
「越天楽」はもともと盤渉調だったといわれ、雅楽に関してとんでもない知識をお持ちだった
松平頼則氏のこと、これは意図的なものでしょう。
この作品はまだ氏の本当に初期の作品で、雅楽を解体し、音列と融合して
再構築するのちの作風はまだ出ていませんが、それだけに初めて聴くにはなじみやすいでしょう。
松平頼則作品集
ここに収められている「春鴬囀」 はむろん、雅楽四大曲の一つのことです。
雅楽「春鶯囀(しゅんのうでん) 」はこちら。
峰崎勾当以来の大作曲家ということは、西洋音楽作曲家としては間違いなく
日本最大の作曲家でありますから、氏の音楽を正当に評価するためにも、
雅楽の教育というのは大切ではないかと思います。

追記:こちらに新しい記事もあります
野平一郎による松平頼則:ピアノ作品選集