2012年5月10日木曜日

古琴と松風

先日、「梁塵秘抄」を読んでいまして、このような歌が載っていました。

「月影ゆかしくは、南面(みなみおもて)に池を掘れ、さてぞ見る、
琴のことの音(ね)ききたくば、北の岡に松を植えよ。」(巻第二 三七九)

ちょっと説明が必要だと思われますので簡単に。
まず前半、当時月は直接観るものではありませんでした。
池や杯に映る月を間接的に鑑賞するのがつねでした。
庶民階級はわかりませんが、すくなくとも貴族はそうでした。

そうした当時の月見の仕方の前段を受けて後段があるわけです。
琴の音も同じく間接的に聴こう、と。

さて、なぜ松なのかとか、「琴」についても説明が必要です。
まず、「琴のこと」と歌われていますね、当時「こと」というのは
弦楽器の総称でした。枕草子や平家物語では
「琵琶のこと」 という記述もありまして、
琵琶も弦楽器ですから当然 「こと」だったわけです。
このように「○○のこと」で弦楽器を指す習わしでした。

では「琴のこと」とはどんな楽器かというと、現代の私たちの
よく知っている十三絃の筝ではありません。
当時雅楽では三種類の「こと」がつかわれていました。

まず六絃の「和琴」。これは国風歌舞に使われるもので、
つまりもともと日本にあった「こと」です。
そして雅楽管弦に使われる十三絃の「筝のこと」。
これがのちに筝曲でつかわれる俗筝になります。

さて、もうひとつが「琴のこと」です。
これは七絃の楽器で、古くから文人のたしなみとして
独奏楽器として発達してきました。
そしてこれは現代では「古琴」あるいは筝との混乱をさけるため
「七絃琴」ともいわれます。ここではこれから「古琴」と呼びますね。

「古琴」の音はしばしば「松風」に喩えられてきました。
つまり冒頭の梁塵秘抄の歌の意味がこれで
ようやく明らかになったと思います。

「月を見たいと思えば池に映る月を眺めるために南に池を掘れ、それを眺めよう、
古琴の音を聴きたければ北の岡に松を植えて松風の音を楽しもう。」

こういうことなのです。なんとも風流ですね。

ところが、現代においては筝の演奏家でさえ「筝」「琴」の字を
区別する人が少なくなったことで明らかですが、古琴は絶滅寸前です。

そして、中国では古琴奏者は比較的多いとはいえ、
現代では絹糸ではなくスチール絃を使うため、
上記の歌のような、古来喩えられた「松風」を感じることは不可能です。

洋楽でも現代、駒を高くし、スチール弦を張力目いっぱいに強くした
モダン弦楽器で古典を弾いても、例えばモーツァルトがある曲で
G♭とF♯でさんざん悩んだその苦悩の選択の結果は表現不可能ですよね。
それと同じことなんです。

ただし、さすがに文人の楽器、
絹糸を使った人もいるわけです。
劉少椿師はその一人です。

張子謙師と劉少椿師は現代廣陵琴派の代表的演奏家ということで、
知人に音盤をお借りしてこのお二人を聴いたのですが、
劉少椿師の演奏は衝撃的でした。

張子謙師は、近代的な演奏スタイル、いわばプロとして
現代の音響を追及している感じでした。
音楽家としての音楽の演奏として非常に洗練されています。
その最先端が姚公白師なのだと思います。

劉少椿師は、いい意味でディレッタンティズムを貫いておられるようですね。
文人の音楽としての古琴という感じがいたします。

解説を読んでみたのですが、
張子謙師は長い余韻での「吟」や「Nao(けものへんに柔)」を
「進復」や「退復」に改変したそうです。
これはおそらく、スチール絃の使用と無関係ではないのでしょう。
劉少椿師は「右手は正確に動かし、左手は「吟」や
「Nao(けものへんに柔)」を完璧に」と初心者に指導したそうです。
古い録音の中にも、また、完璧な状態の演奏ではないという
注意書きもありますが、
それでも十分に師の演奏の美点は伝わってきます。
「無声勝有声」、「静寂は音に勝る」、
ある意味、古典邦楽と感性を共有しているわけですね。

残念ながら日本では現在劉少椿師の音盤は入手できないようですが、
Youtubeなどでもし見つけられましたら、ぜひご一聴ください。

それまでは、冒頭の歌のごとく、松風を聴いて過ごすことにしましょう。

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