ヤナーチェクは以前から大好きなのですが、
マルティヌーのよさがわからないと「まだまだ」だと
どこかに書いてあったので、
マルティヌーをちょっと集中的に聴いています。
そんななかで教えていただいた曲、
マルティヌー 七重奏曲 「ファンタジア」、
テルミン、オーボエ、弦楽四重奏、ピアノのための曲です
(最初のホリガーの解説がちょっと長いので注意)。
実はテルミンの入っているちゃんとした曲は初めて聴きました。
オンド・マルトノがあれほどメジャーなのに、
テルミンはなぜなのでしょうね?
そしてテルミン、映像付きでみるとインパクトが何倍にもなります。
演奏の様子がとても面白いです。
それにしても、この曲はマルティヌーの中でもかなり面白い曲ですね。
彼はとんでもない多作家なので、ハマると大変そうですが、
面白い曲は確かにあるのだなと思いました。
2012年4月10日火曜日
2012年4月9日月曜日
「型を破る」ということ
最近、ラインベルガーの室内楽作品をまとめて聴いていたのですが、
ラインベルガー室内楽曲全集

(Amazon)(HMV)
アカデミズムの権化のように言われる彼が
最初からそうであったわけではないことを
再発見したというところがありますとともに、ちょっと悲しみも感じます。
ラインベルガーはとにかく多作家で、
作品番号がついているものだけで200ほどある上に、
たとえば正式な弦楽四重奏曲2曲以外にも12曲も習作があるなど、
全貌把握は極めて難しい人なのですが、
オルガン作品全集や、作品番号付き室内楽作品全集はCDは出ていますし、
最近ピアノ作品全集も出ましたので、
改めてちょっと聴いていたところです。

(Amazon)(HMV)
彼は1866年には「ワレンシュタイン」という標題交響曲
(原題は「大オーケストラのための交響的音画」)を書いていまして、
かなりの絶賛を博したとあります。1時間ほどの大作です。
このCDに含まれています。

(Amazon)(HMV)
シラーのこの作品はすでにスメタナが「ワレンシュタインの陣営」という交響詩を書いていますが、
実はラインベルガーの上述の作品のスケルツォ楽章も「ワレンシュタインの陣営」と題され、
その上、独立した交響詩として演奏してよい、として実際にその楽章だけ楽譜を分売するなど、
きわめて挑発的なことをやっています。
この当時はハンスリックの標榜するいわゆる「絶対音楽」「標題音楽」という
論争の最中ですので、当然ラインベルガーの作品は「標題音楽」という見方をされたのですが、
面白いことに、1877年のコンサートガイドでは、「絶対音楽としてもみなしうる」とされ、
両陣営から評価されていたということですね。
ラインベルガーの「ワレンシュタイン」は上述のとおりCDも出ていますので、
聴くこともできますが、演奏がちょっと難ありなので、評価が難しいです。
ちょっと前置きが長くなったのですが、転換点となった作品が
ピアノ三重奏曲第1番(1862年、改訂1867年)ではないかと思うのですね。
改訂された1867年というのは「ワレンシュタイン」の初演の年にあたります。
このピアノ三重奏曲、表面的にはスケルツォ楽章を含むなんということのない
4楽章構成なのですが、聴いていただけるとお分かりになると思うのですが、
かなりの型破りな作品です。先入観を抱かないでいただきたいので、
とりあえずそのことだけを書いておきます。
批評家によっては、ベルリオーズの影響を指摘する人もいます。
さて、件のピアノ三重奏曲第1番が成功かというと、否でしょう。
「型破り」な作品を書くにはラインベルガーはまじめ過ぎたか、
人として正常だったのだと思います。
若い彼が次にとった行動が「標題交響曲」という道ですが、
当時すでに指摘されていた通り、それは標題がなくてもいいものであったわけです。
年を経るにしたがって、ラインベルガーはアカデミックな書法を
突き詰めるような道に進んでいきますが、これは若いころの野心作を
聴くに、正解だったと思います。
教育者としても名を成した彼は、生徒に「フーガ師」などとあだ名をつけられたりしたようで、
型を破ろうとしてなしえなかった彼にはきついあだ名だったでしょうね。
メンデルスゾーンのオルガンソナタに比してラインベルガーのオルガンソナタは
「基本的に前奏曲とフーガ+αの三楽章構成であって、保守的」と断じたことがあるのですが、
ラインベルガーはあえてその道を選んだ、ということなのですね。
「型」の中で多様性を発揮しよう、というその作曲姿勢は、
バロック時代や古典派時代の作曲家に通じるものがあります。
R=シュトラウスがラインベルガーを語った言葉があります。
「彼は作曲家だ。毎日6時から5時まで作曲をする。
私はインスピレーションがわいたときしか仕事ができない。」
ロマン派時代の作曲家ですが、ラインベルガー作品を鑑賞するには、
ハイドンを鑑賞するときのような姿勢が必要なのではないかと、ふと思ったのでした。
作曲にしても、演奏にしても、「型を破る」ということがどういうことか、
自覚をすることは大切だな、と再度確認した気がします。
ラインベルガー室内楽曲全集
(Amazon)(HMV)
アカデミズムの権化のように言われる彼が
最初からそうであったわけではないことを
再発見したというところがありますとともに、ちょっと悲しみも感じます。
ラインベルガーはとにかく多作家で、
作品番号がついているものだけで200ほどある上に、
たとえば正式な弦楽四重奏曲2曲以外にも12曲も習作があるなど、
全貌把握は極めて難しい人なのですが、
オルガン作品全集や、作品番号付き室内楽作品全集はCDは出ていますし、
最近ピアノ作品全集も出ましたので、
改めてちょっと聴いていたところです。
(Amazon)(HMV)
彼は1866年には「ワレンシュタイン」という標題交響曲
(原題は「大オーケストラのための交響的音画」)を書いていまして、
かなりの絶賛を博したとあります。1時間ほどの大作です。
このCDに含まれています。
(Amazon)(HMV)
シラーのこの作品はすでにスメタナが「ワレンシュタインの陣営」という交響詩を書いていますが、
実はラインベルガーの上述の作品のスケルツォ楽章も「ワレンシュタインの陣営」と題され、
その上、独立した交響詩として演奏してよい、として実際にその楽章だけ楽譜を分売するなど、
きわめて挑発的なことをやっています。
この当時はハンスリックの標榜するいわゆる「絶対音楽」「標題音楽」という
論争の最中ですので、当然ラインベルガーの作品は「標題音楽」という見方をされたのですが、
面白いことに、1877年のコンサートガイドでは、「絶対音楽としてもみなしうる」とされ、
両陣営から評価されていたということですね。
ラインベルガーの「ワレンシュタイン」は上述のとおりCDも出ていますので、
聴くこともできますが、演奏がちょっと難ありなので、評価が難しいです。
ちょっと前置きが長くなったのですが、転換点となった作品が
ピアノ三重奏曲第1番(1862年、改訂1867年)ではないかと思うのですね。
改訂された1867年というのは「ワレンシュタイン」の初演の年にあたります。
このピアノ三重奏曲、表面的にはスケルツォ楽章を含むなんということのない
4楽章構成なのですが、聴いていただけるとお分かりになると思うのですが、
かなりの型破りな作品です。先入観を抱かないでいただきたいので、
とりあえずそのことだけを書いておきます。
批評家によっては、ベルリオーズの影響を指摘する人もいます。
さて、件のピアノ三重奏曲第1番が成功かというと、否でしょう。
「型破り」な作品を書くにはラインベルガーはまじめ過ぎたか、
人として正常だったのだと思います。
若い彼が次にとった行動が「標題交響曲」という道ですが、
当時すでに指摘されていた通り、それは標題がなくてもいいものであったわけです。
年を経るにしたがって、ラインベルガーはアカデミックな書法を
突き詰めるような道に進んでいきますが、これは若いころの野心作を
聴くに、正解だったと思います。
教育者としても名を成した彼は、生徒に「フーガ師」などとあだ名をつけられたりしたようで、
型を破ろうとしてなしえなかった彼にはきついあだ名だったでしょうね。
メンデルスゾーンのオルガンソナタに比してラインベルガーのオルガンソナタは
「基本的に前奏曲とフーガ+αの三楽章構成であって、保守的」と断じたことがあるのですが、
ラインベルガーはあえてその道を選んだ、ということなのですね。
「型」の中で多様性を発揮しよう、というその作曲姿勢は、
バロック時代や古典派時代の作曲家に通じるものがあります。
R=シュトラウスがラインベルガーを語った言葉があります。
「彼は作曲家だ。毎日6時から5時まで作曲をする。
私はインスピレーションがわいたときしか仕事ができない。」
ロマン派時代の作曲家ですが、ラインベルガー作品を鑑賞するには、
ハイドンを鑑賞するときのような姿勢が必要なのではないかと、ふと思ったのでした。
作曲にしても、演奏にしても、「型を破る」ということがどういうことか、
自覚をすることは大切だな、と再度確認した気がします。
2012年3月28日水曜日
獅子ものについて
邦楽には「獅子」に関する曲が多くあります。
一般の方には「獅子舞」が一番なじみがあるのではないでしょうか?
ところで、現在の獅子舞より前に、雅楽の全盛時代にもすでに
獅子舞はあったようです。
雅楽はあまりなじみのない方は「越天楽」のように
器楽合奏だと思われがちですが、
神楽歌や催馬楽、朗詠などの歌曲や、
舞楽のようにその名の通り舞がつくものも多いのです。
最近は舞楽は公演でも盛んになってきて、
専門家でない方たちの趣味としても結構人気が出てきているようです。
こんなCDがあります。
舞楽


この2枚組CDは左舞と右舞でそれぞれ1枚構成し、
ライナーノートには舞踏譜までついているというすばらしいものです。
上述のように舞楽を趣味でやってらっしゃる方には特に最適です。
さて、「楽家録」 という雅楽古書があります。
そこに獅子舞についての記述があります。
「獅子者、非笙篳篥之曲、唯為横笛秘曲」
これを読んで、「え?雅楽って合奏じゃないの?」と思われる方も
いらっしゃるでしょうが、平安時代には龍笛はもちろん、
楽筝や楽琵琶独奏の秘曲があったらしく、源氏物語や
平家物語に曲名がいろいろ出てきます。
残念ながら、「秘曲」ということで伝承をなかなかしなかったために
現在では伝わっていません。
ただ、当時は独奏曲も各楽器にあったわけですね。
そして獅子ものは横笛の秘曲だったというわけです。
そうすると、能楽囃子の「獅子」の特殊性も関連あるかもしれません。
能楽囃子は多くは黄鐘基調、まれに盤渉基調なのですが、
「獅子」だけは獅子独特の特殊な基調をしています。
また、かなり格の高い曲とされています。
能楽囃子の「獅子」はこれに収められています。
能楽囃子名曲集

笛は名手・藤田大五郎さんです。
ところで、能の囃子というのは、同じ曲でも演目によって
微妙に雰囲気が変わります。
「石橋」は「獅子」が見せ場の曲なので、そちらも紹介しておきます。


さて、他にも地歌には「獅子もの」というジャンルがあります。
「○○獅子」という曲名で、手事もの(長い器楽間奏部のある曲種)の
源流の一つで、古いジャンルです。
そのなかの 藤永検校作曲「八千代獅子」の手事は、
もともと尺八(といっても一節切という普化尺八と異なるもの)
の曲を三絃に移したものです。
やはり、笛と関連が強いわけです。
その他、尺八古典本曲でも「○○獅子」というものは例外的といってよいほど
拍節感が強いことで異彩を放っています。
やはり民間伝承が起源なのかもしれません。
江戸が拠点だった琴古流尺八本曲はとくにそういう「○○獅子」が
多いのですが、興味深いことに、同じく江戸が拠点だった
胡弓藤植流の本曲でも獅子ものが多いのです。
私は、相互交流がかなりあったのではないかと想像しています。
獅子というのはこのようにいろいろなジャンルにわたって様々あり、
雅楽書である「楽家録」に記述があることを考えると、
かなり古い起源があるのではないでしょうか。
一般の方には「獅子舞」が一番なじみがあるのではないでしょうか?
ところで、現在の獅子舞より前に、雅楽の全盛時代にもすでに
獅子舞はあったようです。
雅楽はあまりなじみのない方は「越天楽」のように
器楽合奏だと思われがちですが、
神楽歌や催馬楽、朗詠などの歌曲や、
舞楽のようにその名の通り舞がつくものも多いのです。
最近は舞楽は公演でも盛んになってきて、
専門家でない方たちの趣味としても結構人気が出てきているようです。
こんなCDがあります。
舞楽
この2枚組CDは左舞と右舞でそれぞれ1枚構成し、
ライナーノートには舞踏譜までついているというすばらしいものです。
上述のように舞楽を趣味でやってらっしゃる方には特に最適です。
さて、「楽家録」 という雅楽古書があります。
そこに獅子舞についての記述があります。
「獅子者、非笙篳篥之曲、唯為横笛秘曲」
これを読んで、「え?雅楽って合奏じゃないの?」と思われる方も
いらっしゃるでしょうが、平安時代には龍笛はもちろん、
楽筝や楽琵琶独奏の秘曲があったらしく、源氏物語や
平家物語に曲名がいろいろ出てきます。
残念ながら、「秘曲」ということで伝承をなかなかしなかったために
現在では伝わっていません。
ただ、当時は独奏曲も各楽器にあったわけですね。
そして獅子ものは横笛の秘曲だったというわけです。
そうすると、能楽囃子の「獅子」の特殊性も関連あるかもしれません。
能楽囃子は多くは黄鐘基調、まれに盤渉基調なのですが、
「獅子」だけは獅子独特の特殊な基調をしています。
また、かなり格の高い曲とされています。
能楽囃子の「獅子」はこれに収められています。
能楽囃子名曲集
笛は名手・藤田大五郎さんです。
ところで、能の囃子というのは、同じ曲でも演目によって
微妙に雰囲気が変わります。
「石橋」は「獅子」が見せ場の曲なので、そちらも紹介しておきます。
さて、他にも地歌には「獅子もの」というジャンルがあります。
「○○獅子」という曲名で、手事もの(長い器楽間奏部のある曲種)の
源流の一つで、古いジャンルです。
そのなかの 藤永検校作曲「八千代獅子」の手事は、
もともと尺八(といっても一節切という普化尺八と異なるもの)
の曲を三絃に移したものです。
やはり、笛と関連が強いわけです。
その他、尺八古典本曲でも「○○獅子」というものは例外的といってよいほど
拍節感が強いことで異彩を放っています。
やはり民間伝承が起源なのかもしれません。
江戸が拠点だった琴古流尺八本曲はとくにそういう「○○獅子」が
多いのですが、興味深いことに、同じく江戸が拠点だった
胡弓藤植流の本曲でも獅子ものが多いのです。
私は、相互交流がかなりあったのではないかと想像しています。
獅子というのはこのようにいろいろなジャンルにわたって様々あり、
雅楽書である「楽家録」に記述があることを考えると、
かなり古い起源があるのではないでしょうか。
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