2012年4月9日月曜日

「型を破る」ということ

最近、ラインベルガーの室内楽作品をまとめて聴いていたのですが、

ラインベルガー室内楽曲全集


(Amazon)(HMV)
アカデミズムの権化のように言われる彼が
最初からそうであったわけではないことを
再発見したというところがありますとともに、ちょっと悲しみも感じます。

ラインベルガーはとにかく多作家で、
作品番号がついているものだけで200ほどある上に、
たとえば正式な弦楽四重奏曲2曲以外にも12曲も習作があるなど、
全貌把握は極めて難しい人なのですが、
オルガン作品全集や、作品番号付き室内楽作品全集はCDは出ていますし、
最近ピアノ作品全集も出ましたので、
改めてちょっと聴いていたところです。

(Amazon)(HMV)

彼は1866年には「ワレンシュタイン」という標題交響曲
(原題は「大オーケストラのための交響的音画」)を書いていまして、
かなりの絶賛を博したとあります。1時間ほどの大作です。
このCDに含まれています。

(Amazon)(HMV)
シラーのこの作品はすでにスメタナが「ワレンシュタインの陣営」という交響詩を書いていますが、
実はラインベルガーの上述の作品のスケルツォ楽章も「ワレンシュタインの陣営」と題され、
その上、独立した交響詩として演奏してよい、として実際にその楽章だけ楽譜を分売するなど、
きわめて挑発的なことをやっています。

この当時はハンスリックの標榜するいわゆる「絶対音楽」「標題音楽」という
論争の最中ですので、当然ラインベルガーの作品は「標題音楽」という見方をされたのですが、
面白いことに、1877年のコンサートガイドでは、「絶対音楽としてもみなしうる」とされ、
両陣営から評価されていたということですね。

ラインベルガーの「ワレンシュタイン」は上述のとおりCDも出ていますので、
聴くこともできますが、演奏がちょっと難ありなので、評価が難しいです。

ちょっと前置きが長くなったのですが、転換点となった作品が
ピアノ三重奏曲第1番(1862年、改訂1867年)ではないかと思うのですね。
改訂された1867年というのは「ワレンシュタイン」の初演の年にあたります。
このピアノ三重奏曲、表面的にはスケルツォ楽章を含むなんということのない
4楽章構成なのですが、聴いていただけるとお分かりになると思うのですが、
かなりの型破りな作品です。先入観を抱かないでいただきたいので、
とりあえずそのことだけを書いておきます。
批評家によっては、ベルリオーズの影響を指摘する人もいます。

さて、件のピアノ三重奏曲第1番が成功かというと、否でしょう。
「型破り」な作品を書くにはラインベルガーはまじめ過ぎたか、
人として正常だったのだと思います。
若い彼が次にとった行動が「標題交響曲」という道ですが、
当時すでに指摘されていた通り、それは標題がなくてもいいものであったわけです。

年を経るにしたがって、ラインベルガーはアカデミックな書法を
突き詰めるような道に進んでいきますが、これは若いころの野心作を
聴くに、正解だったと思います。
教育者としても名を成した彼は、生徒に「フーガ師」などとあだ名をつけられたりしたようで、
型を破ろうとしてなしえなかった彼にはきついあだ名だったでしょうね。

メンデルスゾーンのオルガンソナタに比してラインベルガーのオルガンソナタは
「基本的に前奏曲とフーガ+αの三楽章構成であって、保守的」と断じたことがあるのですが、
ラインベルガーはあえてその道を選んだ、ということなのですね。
「型」の中で多様性を発揮しよう、というその作曲姿勢は、
バロック時代や古典派時代の作曲家に通じるものがあります。

R=シュトラウスがラインベルガーを語った言葉があります。

「彼は作曲家だ。毎日6時から5時まで作曲をする。
私はインスピレーションがわいたときしか仕事ができない。」

ロマン派時代の作曲家ですが、ラインベルガー作品を鑑賞するには、
ハイドンを鑑賞するときのような姿勢が必要なのではないかと、ふと思ったのでした。

作曲にしても、演奏にしても、「型を破る」ということがどういうことか、
自覚をすることは大切だな、と再度確認した気がします。

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