2012年3月25日日曜日

ロッシーニの未出版宗教作品


ロッシーニの「未出版宗教作品全集」3枚組を購入しました。

最初の作品はなんと16歳の時のもの。
年代順に収録されているわけではないですが、作曲年表記あり。

正直16歳のときの「クレド」を聴いたときは「これは外れだったか」と
感じましが、2年後の「グローリア」では
もうすでに私たちの知っているロッシーニ 。
なんという上達スピード。やはり彼は紛れもない天才だということでしょう。

なお、「未出版」 の全集なので、グローリア・ミサや、
有名なスターバト・マーテル、小ミサ・ソレムニスは収録されていません。
が、それらはすでに手持ちですから好都合でした。

ロッシーニは今年に入って、ほぼ全部のオペラ(別バージョン含む)を
聴いてきたのですが、彼はセリアにおいてかなりいろいろと
野心的な先進的試みをしているのに、いまだブッファの作曲家と
考えられているのは残念です。
もっとも、オペラ愛好家の間では毎年のロッシーニ・フェスティバルが
いわばバイロイト音楽祭と並ぶイベントになっているので、
私もようやくロッシーニの才能を痛感しているのも
遅きに失した感はありますが。

いずれ今積極的に聴いているドニゼッティとともに、
このブログでも私なりにまとめてみたいと思います。
今日のところは、「栴檀は双葉より芳し」ということの報告ということで。

2012年3月23日金曜日

L'Amour de loin

しばらくサボっていたので連続更新です。

サーリアホのオペラ、「彼方からの愛」、現代音楽では珍しいことに、
違う演奏のDVDとSACDがあります。

DVDの方はサロネン指揮フィンランド国立歌劇場管弦楽団、
クレメンス役にアップショウなどの顔ぶれ。


SACDの方は、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団、
クレメンス役エカテリーナ・レキーナなどの顔ぶれ。


さて、絵付きのDVDと、音質でまさるSACDということで、印象がかなり違います。
DVDの方はその静謐な水を印象的に使った舞台演出とともに、
サーリアホ特有の透明感が相乗効果で非常に美しいです。
サロネンはサーリアホ作品をよく指揮していますし、しっかり把握している印象。

SACDの方は、さすがに細かいところまでよく聞こえます。
特に合唱がくっきりしていて、ちょっとびっくりしました。
ケント・ナガノは初演指揮者。
メシアンのアッシジのフランチェスコなどでも成功していますし、
ザルツブルク音楽祭でのこのオペラの成功に一役買っていたのかもしれません。

まあ、本音をいうと、私はサーリアホの音楽は80年代が一番好きなんですが。
とくに切り詰められた編成の作品での研ぎ澄まされた感性は、
これはすごい若手が出てきたもんだ、と思い、それから追っかけていますが、
保守的といわれるザルツブルクの聴衆を意識したのか、
語法が変化しているなと思います。
たぶん、現代音楽なんか聴かない人でも受け入れやすい方向へと。
これが自発的なものかどうかはわかりませんが、
80年代、あるいは、Du cristal、...A la fumee の2部作(89~90)の頃の
ほうが、個性的で魅力があったと思うのは懐古的にすぎるでしょうか。

サーリアホは2つ目のオペラも書いているようですが、未聴です。
ただ、まあ聴きやすい現代オペラがあるのはいいことなのかもしれませんが。
私は、新作の無いジャンルは滅びる、というのが持論ですので。

人はどこまでも贅沢である(ヘンデルの場合)

ヘンデルのクラヴサン作品(イギリスに帰化したからハープシコード作品かな)、
いろいろ聴いてきたのですが、ソフィー・イェーツによる、1720年及び1733年曲集の
全曲(3枚分売)が今のところベストかな、と思います。

あと、引退して僧侶になったポール・ニコルソンの演奏もなかなか良いです。


ボーモンの2枚も良いですけれど。

まあ、相当高評価の演奏ではあるのですが、分売とか曲順とかで買いそびれていまして。
知っている方には、何を今さら、なんでしょうね。お恥ずかしい。
確かに遊び心も忘れない良い演奏でした。装飾の趣味が良いんですよ。

いやしかし、ほんと数だけはあるんですけどね、いろいろ。
レオンハルト御大はヘンデルはプリミティヴすぎるから弾かない、
とおっしゃって結局録音しないまま他界されたし、
ほとんどの録音は1720年曲集だけだったり、
唯一の全集は演奏が話にならないものだったり、
なにか呪われてるのか、っていう感じさえします。
ソフィー・イェーツのヘンデルは全集になる、
というような情報もあったような気がするのですが、
それは出版された組曲の全集、という意味だったのかな?もったいない気がします。

ヘンデルはもう昔から偏愛していて、最近はオペラやオラトリオの
同曲異演が楽しめるなど、昔からは考えられない贅沢な状況ですが、
唯一の穴、クラヴサン作品、これをなんとか早く埋めて欲しいなと思います。
人はどこまでも贅沢であるのです。