2012年3月23日金曜日

L'Amour de loin

しばらくサボっていたので連続更新です。

サーリアホのオペラ、「彼方からの愛」、現代音楽では珍しいことに、
違う演奏のDVDとSACDがあります。

DVDの方はサロネン指揮フィンランド国立歌劇場管弦楽団、
クレメンス役にアップショウなどの顔ぶれ。


SACDの方は、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団、
クレメンス役エカテリーナ・レキーナなどの顔ぶれ。


さて、絵付きのDVDと、音質でまさるSACDということで、印象がかなり違います。
DVDの方はその静謐な水を印象的に使った舞台演出とともに、
サーリアホ特有の透明感が相乗効果で非常に美しいです。
サロネンはサーリアホ作品をよく指揮していますし、しっかり把握している印象。

SACDの方は、さすがに細かいところまでよく聞こえます。
特に合唱がくっきりしていて、ちょっとびっくりしました。
ケント・ナガノは初演指揮者。
メシアンのアッシジのフランチェスコなどでも成功していますし、
ザルツブルク音楽祭でのこのオペラの成功に一役買っていたのかもしれません。

まあ、本音をいうと、私はサーリアホの音楽は80年代が一番好きなんですが。
とくに切り詰められた編成の作品での研ぎ澄まされた感性は、
これはすごい若手が出てきたもんだ、と思い、それから追っかけていますが、
保守的といわれるザルツブルクの聴衆を意識したのか、
語法が変化しているなと思います。
たぶん、現代音楽なんか聴かない人でも受け入れやすい方向へと。
これが自発的なものかどうかはわかりませんが、
80年代、あるいは、Du cristal、...A la fumee の2部作(89~90)の頃の
ほうが、個性的で魅力があったと思うのは懐古的にすぎるでしょうか。

サーリアホは2つ目のオペラも書いているようですが、未聴です。
ただ、まあ聴きやすい現代オペラがあるのはいいことなのかもしれませんが。
私は、新作の無いジャンルは滅びる、というのが持論ですので。

人はどこまでも贅沢である(ヘンデルの場合)

ヘンデルのクラヴサン作品(イギリスに帰化したからハープシコード作品かな)、
いろいろ聴いてきたのですが、ソフィー・イェーツによる、1720年及び1733年曲集の
全曲(3枚分売)が今のところベストかな、と思います。

あと、引退して僧侶になったポール・ニコルソンの演奏もなかなか良いです。


ボーモンの2枚も良いですけれど。

まあ、相当高評価の演奏ではあるのですが、分売とか曲順とかで買いそびれていまして。
知っている方には、何を今さら、なんでしょうね。お恥ずかしい。
確かに遊び心も忘れない良い演奏でした。装飾の趣味が良いんですよ。

いやしかし、ほんと数だけはあるんですけどね、いろいろ。
レオンハルト御大はヘンデルはプリミティヴすぎるから弾かない、
とおっしゃって結局録音しないまま他界されたし、
ほとんどの録音は1720年曲集だけだったり、
唯一の全集は演奏が話にならないものだったり、
なにか呪われてるのか、っていう感じさえします。
ソフィー・イェーツのヘンデルは全集になる、
というような情報もあったような気がするのですが、
それは出版された組曲の全集、という意味だったのかな?もったいない気がします。

ヘンデルはもう昔から偏愛していて、最近はオペラやオラトリオの
同曲異演が楽しめるなど、昔からは考えられない贅沢な状況ですが、
唯一の穴、クラヴサン作品、これをなんとか早く埋めて欲しいなと思います。
人はどこまでも贅沢であるのです。

2012年3月6日火曜日

忘れがたき原体験:ワルター指揮の「大地の歌」

誰しも子供だった経験があるというのに、大人になるとなぜか「子供に分かるわけがない」とか
なにか上から目線になるのはなぜなんでしょうね?

私の成人してからの経験から言っても、子供の感受性は恐るべきものがあると思います。
少なくとも、「世評」とか「定評」とか念頭にない分、大人よりはるかに本質を見極める。
練習用の三味線で練習していたら「今日は変な音だね」といわれた知人、
子供は尺八でも地無し管の音を好んだりするという経験が私もあります。

だから、邦楽教育でも明治以降のヘンな洋楽っぽい曲を
邦楽器で演奏させるのはもってのほかだと思うのです。
すくなくともそんな曲を喜んで演奏しているのは大人だけです。聴いているのもね。
子供は本質を見極める目は大人より鋭いのだから、古典をしっかり聞かせたり、
演奏させたりするべきだと思います。曲が難しいというのは、
これまた子供の恐るべき適応能力をなめた考え方です。
洋楽器では結構な難曲を弾く子供なんていくらでもいることを思い出しましょう。

さて、なんでこんな話をしたかというと、ワルター指揮のマーラー作曲「大地の歌」、
これが私の原体験の一つなんです。
小学生の時、小学生なりにいろいろ悩んでいたことがあって、
マーラーのようなちょっと病んだ音楽が好きでした。
誕生日やクリスマスにカセットを買ってもらってちょっとづつ聴いていました。
なにしろ曲が長いし、FMでもなかなか放送しなかったので
(まだいわゆる「マーラーブーム」前でした)、
こういう方法しかなかったんですね。

で、友人がマーラーのLPを親が持っているといってくれまして、
そのときいろい聴きました。なかでもワルターの「大地の歌」は格別の印象を受けました。
子供は子供なりにいろいろ感じるものなんですよね。

で、大人になり、ワルターの「大地の歌」には数種類あることを知りました。
あの時聴いていたのはどれだったのか、ちょっとわからないだろうなと思っていました。


これだったんですよ。驚くべきことに聴いた瞬間に わかりました。間違いなくこれです。

子供時代はいわば毎日が新体験の連続で、時間の経過を長く感じ、
経験を重ねた大人は、時間の経過を早く感じるといいます。
この演奏を聴いて小学校の頃、いろいろ悩んでいたり考えていたり、
日々過ごしていたことまでいろいろとよみがえってきました。
そしてそのことを思い出し、やはり子供はあなどれないと。
まあ、今の私が成長していないだけなのかもしれませんが。
子供の感受性おそるべし、と我が事ながら感じています。