さっそく聴いてみました。
松平頼則についてはこちらで過去に少し書いたことがあります
(学校での邦楽教育の教材と魔術師・松平頼則氏)。
(Amazon) (HMV)
収録曲は以下のとおりで、およそ75分、たっぷり収録されています。
・前奏曲 ニ調(1934)
・前奏曲 ト調(1940)
・6つの田園舞曲(ca.1939-45)
・リードI(呂旋法による)(作曲年代不明)
・リードII(律旋法による)(作曲年代不明)
・ピアノ・ソナタ(1949)
・6つの前奏曲 主題と変奏の形式による(1975)
このように、おおよそ作曲年代順に並べられています。
なにしろ膨大な作品を残し、初演を待っている作品も数多く、
いまだ全貌が明らかになっていない松平頼則だけに、
こうした試みは興味深いものがあります。
ピアノを弾いている野平一郎氏は、松平頼則に作品を依頼し、
その結果「ピアノ協奏曲第3番」が、作曲者死の年、2001年に
松平頼則93歳という年齢で生まれました。
この作品は、 野平一郎氏の校訂と独奏により、2010年にようやく初演されたもので、
ご記憶の方もあるかもしれません。
野平一郎氏はそうしたこともあり、松平頼則作品はかなり前から
まとまった録音を意図していたようなのですが、
自身ピアニストとしても活躍していた松平頼則のピアノ作品はなかなかに手ごわく、
ようやく今回リリースに至ったということです(過去に録音しながら没にしたこともあったとか)。
最初の2曲の「前奏曲」は本当に初期の作品ですね。
松平頼則は「前奏曲集」を企画していたようですが、
当時の作曲者は西洋の調性と日本の旋法にどう折り合いをつけるか、
結局回答を見いだせず、残された一曲が後者の前奏曲だそうです。
後年の松平頼則を知るものにとってはかなり意表を突かれる音楽です。
フランス音楽の影響は明らかです。
ピアニストとしても活躍した松平頼則にとっては、
フランス近代音楽はかなり興味をひかれるものだったのでしょうね。
「6つの田園舞曲」は「南部民謡集」と共通した語法が感じられます。
ちなみに「南部民謡集」は録音がありますので、参考までに。
松平頼則作品集II/奈良ゆみ
松平頼則はこう述べています。
「東北地方の民謡をバルトークのように採取している人に会った。
『南部牛追唄』を見せられたとき、思わず、私には伴奏の最初の音が浮かんだ。
それはsi♭→miなのである。そして『牛追唄』の開始音Faに実に自然に流れ込む。
私の半ば無意識に択んだ二つの音の関係は増4度であった。」
(上記ディスク解説から一部引用)。
つまり、当時フランスの影響下にあった松平頼則は、
民謡の中にドビュッシーを「発見」したということです。
「6つの田園舞曲」も、「南部民謡集」のように、
フランス音楽と日本旋法の折り合いをつけるのに、
民謡に手がかりを得たようです。
そういうわけで、これは当時の松平頼則の模索の記録の一つと言ってよいでしょう。
「リードI(呂旋法による)」「リードII(律旋法による)」の、
正確な作曲年代は実はよくわかっていないのですが、
この位置に置いたことに関しては長くなりますので、
詳しくはライナーノートを参照してください。
呂旋法(あるいは呂旋)、律旋法(あるいは律旋)は、雅楽の音楽用語です。
移動ド式に書きますと以下のような音階です。
・呂旋法(あるいは呂旋)
ド・レ・ミ・ソ・ラ・ド
・ 律旋法(あるいは律旋)
ド・レ・ファ・ソ・シ♭・ド
ここで音階の中の音程関係に注目してください。
呂旋法(あるいは呂旋)においては
完全五度、完全四度、長二度、短三度、長三度、が、
律旋法(あるいは律旋)においては
完全五度、完全四度、長二度、短三度、が
それぞれ重要な音程となっています。
実際の雅楽でも、「移動ドで書くと」と述べましたように、
転調(中心音(宮)の移動)、移旋(雅楽では楽器の音程が狭いため、西洋音楽的「移調」はなく、
同じ旋律の音高を変えた場合に旋律は必然的に変形します)、臨時音など、
さまざまな理由で基本以外の音は使われますが、あくまで重要なのは
上記の音程関係ということはできます。
この2曲の「リード」においては、それぞれ曲名に付された旋法に含まれる音程関係、
これを意識して聴くと面白いと思います。
「ピアノ・ソナタ」は、1949年という作曲年は信じられないほど、
語法が以前の作品群より洗練されています。
そして、聴くためにはかなりの集中力が必要とされます。
まさに初期の集大成にふさわしい作品です。
演奏技巧的にもかなりな難曲のようで、
作曲者が代案(ossia)を提示している部分もあるようです。
無窮動的な第3楽章に時々現れる休止がかなり印象的です。
このほんのわずかな間が、より緊張感を増すことになっています。
「6つの前奏曲 主題と変奏の形式による」は、いよいよセリーによる作品です。
この作品を構成する6曲の演奏順は任意ということになっており、
ここで野平一郎氏は「第3曲、第1曲、第4曲、第2曲、第6曲、第5曲」
という演奏順序を選択しています。
第1曲で提示されるセリーは以下のとおりです。
「a-gis-fis-es-f-g-e-b-a-h-cis-d」
ここで、上述の雅楽の2つの旋法における重要な音程関係として
指摘したものを参照してください。
このセリーは、「fis-es」「e-b」を例外として
それらの音程関係で成り立っているのです。
さらには、強く弾く音、伸ばす音、等で、特に
完全四度、完全五度、長二度、が浮かび上がるようになっています。
結果として、セリーに依る音楽を聴いていながら、
記憶の底では雅楽の音階を呼び起こされるという不思議な感覚があります。
これが「セリーと雅楽の融合」として有名な松平頼則の
マジックの種明かしになります。
実際、私はこのCDを聴いて、「ピアノ・ソナタ」で極度に集中力を要したため、
かなり消耗した状態で「6つの前奏曲 主題と変奏の形式による」 を聴いたのですが、
前衛語法によるこの作品を聴いて、かなりリラックスした気分になり、
くつろいだ印象を受けました。
本当に作曲者の魔術には感服です。
こうして考えますと、最初期の「前奏曲」で始まり、セリーを使った「前奏曲」で終わるという、
対比としても面白いプログラムだと思います。
まだまだ膨大な作品が残されていますし、何より野平一郎氏にとっても重要であろう、
「ピアノ協奏曲第3番」などもあります。
これを第一歩として、続編を強く期待したいと思います。