私は、作曲家というより19世紀の超人としてリストがかなり好き、というか傾倒しているのですが、 まあリストのことはいずれ機会を改めるとしまして、リストを通じてマイアベーアにかなり興味を持ちました。
リストは有名無名問わず、音盤のなかった当時において、ピアノ編曲を通じて いろいろな作品を普及させることを使命として自覚していたフシがあり、 当時オペラ界を席巻していたマイアベーアは当然いろいろ編曲があるだけではなく、 オルガン作品の傑作、「『アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム』による 幻想曲とフーガ」 の主題はマイアベーアの「預言者」の中の主題なのです。
リストのオルガン作品全集はCD5枚で収まるので、決して損な買い物ではありません。 ピアノ作品に比べると質の高さが高い次元で保たれているのです。 いくつか紹介しますが、ハーゼルベックのものは作曲当時のオルガンや奏法にこだわったもので、一番おすすめできるものです。
(HMV)
また、ヴェルネによるものは作曲年代順に整然と並べており、これも興味深いものです。ピアノとのドゥオがオマケであるので6枚組です。
(HMV)
まず、このリストの作品に圧倒されました。 このような作品を書かせる霊感を与えたマイアベーアは聴かねばならない、 そう想う気持ちは強まるのですが、何しろ音盤が少ない。 でも、意を決して体系的に聴き始めることにしました。 まず、入手の容易なNAXOSから出ている2つのオペラ、
「セミラーミデ」と
(HMV)
「エジプトの十字軍」から。
(HMV)
何しろグランド・オペラの帝王という一般的イメージしか持ち合わせていなかったので、
マイアベーアがドイツ人で、イタリアで修業時代にイタリア風に改名し、
イタリア・オペラをかなり書いているという事実すら知らなかったうえに、
かなりロッシーニの影響が濃いことに驚かされました。
考えてみれば当時のイタリアでそれは不可避のことですね。
なにしろまだレチタティーヴォがセッコだったり、カストラートを使ったりと、
本当にマイアベーアなのかと思いますが、「エジプトの十字軍」はブレイクしたきっかけの作品で、
さすがに聴きごたえがあります。
こちらは、懇切丁寧なライナーと美麗イラスト入りのブックレットでおなじみ、
OPERA RARA レーベルからもリリースされていて、
私が買ったときは4枚組で2千円くらい(当然新品)でしたが、今はどうでしょう?
(HMV)
各地での上演での異稿などもすべて収めているのもいつものOPERA RARA レーベルの流儀。
まずこれではまり始めました。
では、グランド・オペラ4作品にいよいよ入っていこうとして、かなり苦労しました。
正規録音のある「ユグノー教徒」「預言者」も、とっくに廃盤、
「悪魔ロベール」「アフリカの女」は放送音源のものしかありません。
とりあえず、現時点でお勧めできるものを紹介します。
・「悪魔ロベール」
グランド・オペラ第1作。当初は「エジプトの十字軍」 を改作しようとしたようですが、
ロッシーニ(またしても!)の「ウィリアム・テル」 を観て、根本的に初めから
創作しなければならないと痛感し、この作品が生まれました。
リストの編曲のおかげで初めて聴いた時でもなじみのフレーズが多く、
やはり紹介者としてのリストの偉大さをも同時に感じました。
ディスクとしてはいくつかありますが、現時点ではこれでしょう。
(HMV)
気を付けていただきたいのは、ジャケットやパッケージは同じなのですが、
この最新のものを買わないと2枚目で音楽が一部欠損していることです。
だからこそ再プレスしたのでしょうが、分かり易く見た目を変えてほしいですよね。
これはパリでの1985年の話題になったプロダクションの放送音源で、
まあ贅沢をいえばキリはないのですが、鑑賞に耐える音質はあると思います。
出演者は豪華の一言で、素直に楽しめると思います。
・「ユグノー教徒」
グランド・オペラ第2作。有名なユグノー教徒の虐殺がテーマで、
壮大な歴史絵巻と、歌詞からだけでも伝わる恐ろしく効果的な舞台効果は、
この作品をもってマイアベーアはマイアベーアになった、ということだと思います。
スタジオ録音が二種類あります。
(HMV)
ボニング盤
サザーランドはあまり好きではなかったのですが、ここではかなり健闘、
といいますか、後述しますが、彼女はこうした作品の方があっているのかもしれません。
Diederich盤はまだ届いていませんが、評判はこちらの方がいいので楽しみです。
・「預言者」
これは間違いなくマイアベーアの最高傑作です!
恋人を救うために新興宗教の預言者になるが、恋人に大量虐殺を非難され
挙句肝心の恋人は自殺、宗教団体幹部の裏切りの画策、最後には男は火薬庫に
火を放ってすべてを破壊する、という、あらすじだけでもゾクゾクきます。
これは絶対にいつか舞台で観たい!
この第1幕で流れるコラールが「アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム」なんです。
その禍々しさ、不吉さ、心から離れません。
この作品を全曲聴いて、リストがあの幻想曲とフーガをあれほどの大傑作に
書き上げたのは、この作品の持つポテンシャルと釣り合っていることがわかりました。
リストもすごいし、マイアベーアもすごいんですよ。
現在唯一のスタジオ録音はこれです。
同じものなのですが、登録上どちらか安い方はその時々で変わると思いますので、
両方載せておきます。
・「アフリカの女」
グランド・オペラ第4作にして最後の作品。
マイアベーアは上演を観ることはありませんでした。
この作品は台本が前3作よりかなり落ち、それは当時から指摘されており、
結局マイアベーアが忘却の彼方へと沈むきっかけになったともいわれます。
ですが、音楽自体は決してスポイルされていませんので、そこは大丈夫です。
ドミンゴが出ているDVDもあるのですが、リージョンコードの問題で
どれを紹介してよいかわからず、後日ここは編集して紹介します。
とりあえず音盤を。
(HMV)
原典主義者ムーティらしく、オリジナル5幕仕立て(上演では3幕仕立てにされることが多い)。
どうせならフランス語歌唱ならもっとよかったのですが、ここではイタリア語歌唱です。
イタリアで活躍した作曲家がパリで上演したオペラではこの2重原典は避けられない運命です。
どちらも原典版なんですね。不思議な感覚ですが。
さて、グランド・オペラ4作以外に、どうしても紹介したいオペラが一つありますので、それを。
Meyerbeer: Dinorah / James Judd, Philharmonia Orchestra
(HMV)
この作品はオペラ・コミックなのですが、その旋律美にかけては追随するものはありません。
無名作品ですが、ぜひ聴いていただきたい名作です。
そろそろ総括しましょう。
マイアベーアの行く先々でロッシーニが存在しました。
そしてマイアベーアに不可避の影響を与えたのです。
ロッシーニのセリアが再評価されだしたのはそんなに昔の事ではありません。
ごく最近の事です。
というのは、ヴェルディやワーグナーなどに最適化されたドラマティックな声では
ロッシーニは歌えないのです。
古楽唱法から時代を順行してロッシーニ時代に合わせると、自然に歌えるのです。
古楽運動の副産物といってよいと思います。
そしてこれは、ロッシーニから多大な影響を受けたマイアベーアにも当てはまるのは当然です。
二人とも、初期にはカストラートを使う作品があることが象徴的ですね。
適切な歌唱法を身に着けた歌手が増えた現代でこそ、
ロッシーニはもちろん、マイアベーアは適切に上演できると思います。
「今更」ではないのです!今こそマイアベーアは演奏される環境が整っているのです!