2014年2月23日日曜日

古典芸能ベスト・セレクション 名手・名曲・名演奏シリーズ

西洋音楽ではすっかり廉価盤でいい演奏が入手できるいい時代になりましたが、
邦楽の場合はまだまだ高価で、手を出しにくい状態でした。

そこへ、2枚組2,500円という廉価で素晴らしいシリーズが出ましたので紹介します。
「古典芸能ベスト・セレクション 名手・名曲・名演奏シリーズ」 です。
こちらで紹介されていますが、具体的に補足説明などしてみたいと思います。

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフによるブログページ

私も最初は、「2枚で2,500円か、よくある安物買いの銭失いパターンかな?」
と冷やかし半分で内容を見てみたのですが 、驚きましたよ。
これはかなり邦楽に詳しい方はともかくも、これから聴いてみたいという方には
まさにうってつけの優れた企画です。西洋音楽に傾きがちな当ブログですが、
もともとは邦楽も聴いていただきたいという思いで時々記事を書いてきましたので、
これを紹介しないわけにはいかないのです!

たとえば、雅楽の詳細をご覧ください。
まず、神楽歌から始まっています。
神楽歌というのは、皇室の宮中行事と密接な関係があり、
関係者でなければまず聴くことのできない音楽です。
幸いにして、このような企画CDも出ていますけれども、いきなり買うには敷居が高いわけです。

日本古代歌謡の世界

   

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この商品では、古典芸能ベスト・セレクションの「雅楽」でいえば1枚目の
4曲目までの「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」という、日本古来の音楽を
4枚組で収めています。

さらに、渡来楽としての管弦に移り、「回盃楽」「胡飲酒破(双調音取と組み合わせて一具)」
鳥急(迦陵頻を双調に移したもので「渡物」といいます)」と演奏されています。
2枚目は調を変えて、おそらく雅楽でもっとも有名な「平調越天楽」。
しかし、ここで演奏されているのは「残楽(のこりがく)」という特殊な演奏様式です。
雅楽は音で聴くこともよいのですが、演奏する姿も貴族らしく、
雅に演奏するところが美しいので是非生で聴いていただきたいのですが、
その雅な演奏方法のため普段はあまり目立たない楽筝の名技を楽しむのが「残楽」です。
ただし、これは楽筝を目立たせるために篳篥は音をかなり引いて演奏するため、
演奏する側も、聴く側も、曲の旋律を全体暗譜して、頭の中で補完する必要があります。
つまり初心者がいきなり聴くような演奏形態ではないのですが、そこは録音ですから、
何度も聴いて、そのうち楽しめるようになるということですね。

さらに舞楽も収められ、きちんと右方と左方が収められています。
舞楽というのは文字通り、舞を伴うものですが、音だけでも管弦とは異なり、
絃楽器は演奏されません。
管弦と舞楽で同じ曲を演奏しても、全く違うというわけです。
左方というのは唐の音楽、右方というのは高麗の音楽で、調子も違いますし、
楽器も右方の場合笛は高麗笛を使うほか、打楽器の編成も違いますし、リズムも異なります。
本来の舞楽は、左方と右方が対になっているので、このようにある程度曲を収録して
くれていると、雰囲気もつかめてくるでしょう。

さて、こうやってこの2枚組で気に入ったジャンルへと進んでいけば、理解も早まるわけです。
国風歌舞が気に入ったならば上記の4枚組、管弦が好きだというならば、管弦の、
舞楽が面白そうだとなれば、これはCDもありますが、実際に観にいくことが一番です。
舞があってこその舞楽ですからね。

このように、かなりバランスを考えて収録されています。しかも演奏はしっかりしています。
実は「雅楽紫絃会」というのは、当時は名前を出せなかった宮内庁式部職楽部のことなので、
演奏がしっかりしているのも当然と言えば当然なわけです。

こんな調子で紹介していくととても終わりませんので、「地歌」だけ、また例を出しましょう。
最初に収められているのは「細り」ですが、これは「三味線組歌」といいまして、
すべての三味線音楽の源流です。柳川検校(?-1680)はその中でも「派手組」という、
新しい作風の組歌を作曲した人です。
2,3,4曲目の作曲者、峰崎勾当は大阪の地歌の最後の世代の大作曲家ですが、
その作品の中で「端歌」と呼ばれる形式の地歌を集めています。
この「端歌」というのは地歌の一形式で、別ジャンルである
「端唄」とは異なりますので注意してください。

5曲目の「菊の露」はとても格が高く、大切にされている名曲です。
私が学生時代に「菊の露をやりたいです」と絃の先生に申しましたら、
「学生に演奏させたら師匠の品格が疑われる」と即座に却下されたというくらいです。
まあ、当時の私も今考えると非常識で冷や汗ものですが。

6曲目は「打合せ」といって、違う曲の同時演奏です。そのように作曲されているのです。
名目は「すり鉢」となっていますが、ここでは「れん木」 「せっかい」と合わせて
三曲の同時演奏です。

7曲目の「黒髪」は少し変わった作風ですが、名曲です。
もともと芝居に使われた曲が地歌に取り入れられたものです。

8曲目の「影法師」は、幕末の作曲家・幾山検校の端歌のこれも名曲。
演奏が京都を代表する名手萩原正吟師というのも聴きどころ。

9曲目の「荒れ鼠」 は「作物」というこっけいな題材の地歌で、
変に澄ましたような先入観をお持ちの方は是非聴いていただきたいジャンルです。
演奏は大阪を代表する名手富崎春昇師というのもまた聴きもの。

2枚目は全て「手事もの」という、歌よりも長い、器楽間奏部分を主眼としたジャンルです。
とくに3曲目の「八重衣」は、手事が2つもあり、演奏に30分もかかる大曲です。
しかし退屈はしませんよ、作曲者は弟子も取らずに赤貧にあえぎながら、
自分でも弾きこなせないような難曲大曲ばかり作っていたという変人・天才・石川勾当。
その作曲技法のすべてがここにつぎ込まれています。

演奏者の配分もかなり気を配っているのがわかります。九州、山陽、大阪、京都、
さらにその中でも細分される名手の系統をバランスよく配しています。
これはなかなかにすごいことですね。
おそらく解説にはそのあたりも記されていると思いますので、
気に入ったジャンル、作曲者、演奏者の系統、そういったものから
地歌の手がかりを見つけていくことが可能なんです。

本当は全部こんな調子で紹介したいところですが、もう無理です。
とにかくどのジャンルも曲目とジャンルと演奏者、すべてに気を配り、
バランスよく選曲されていることだけは確かです。
邦楽では演奏者の系譜というのも大切な要素ですので、これは重要なことです。

本当におすすめしたいシリーズですので、気になるジャンルがあれば
ぜひお聴きいただければ、と思います。